Episodes 3 「シン・幸福論」

 

 

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○幸福のために(はじめに)

「幸せになりたい! どうすれば良いの!?」

 

人類普遍とも言えるこの大テーマに対して、答えを出すことは簡単でない。数々の哲学者・思想家がこの難問に挑んできたが、明確な解答が出ているわけではない。しかし科学は、いとも簡単にその正解を提示する。

 

「幸福になりたければ、幸福感を出す脳内物質を分泌すれば良い。」

 

幸福になるための方法は、究極的にはこの主張に行き着く。重要なのは、様々な幸福感をもたらす脳内物質が、「特定の行動によって分泌される」ようにシステム化されているということだ。端的に言えば、「幸福になりたいなら、幸福につながる脳内物質が出るような行動をするだけで良い」ということになろう。

 

そう言ってしまうと、「行動するだけではダメだろう。成功してこそ幸せになれるんだ。成功者は幸せそうじゃないか!」という反論が聞こえてきそうだ。この主張は正しそうに見える。実際多くの人は、「成功という手段」で、「幸福という目的」を達成しようとする。しかし・・・である。実のところ、真実は次の通りなのだ。

 

「『成功すれば幸せになる』のではなく『幸せだから成功する』」

 

「幸福の周囲を(複数の)成功が回っている」という真実は、まさに「コペルニクス的大転回」である。しかしながら、幸福感が心身の状態に非常に強く影響することは、多くの人が実感していることでもあろう。幸福感があれば、良いコンディションで長期間のパフォーマンスが可能になる。したがって、必然的に成功する可能性もかなり高くなる。考えてみれば、「幸福感が成功に先行する」のは当然のことだ。実際に、幸福感をもたらす脳内物質には、パフォーマンスを大きく飛躍させる科学的効果があると数多くの研究が示している。幸福を感じている人はそうでない人に比べて、生産性と成果は40%以上、創造性に関しては3倍以上も高いという。

 

世界に富の概念が生まれ、「成功」という概念が共有されるようになったのは、人類史を24時間で考えた場合、午後11時59分頃のことである。ツールやコンテンツが溢れるようになった現代は、もはや午後11時59分59秒時点のことだ。生物の進化は、私たちの想像よりも、ずっと長い時間をかけて成し遂げられる。現代を生きる私たちは、あくまで「旧石器時代のマインドをもってコンクリート&情報のジャングルを生きている」ということを理解すべきである。ヒトの身体や脳の構造自体は、旧石器時代から全く変わっていない。だから、「人として」ではなく、「ヒトとして」理にかなう行動を追求し、脳内物質を自由自在に操る者が、「究極の幸福」を実現するのだ。

 

したがって、本文章では、まず「○第一章 幸福のために(脳内物質への理解を深める)」と題して、ヒトに幸福感をもたらす脳内物質について理解を深めていく。この章では、脳内物質の効果や、その脳内物質を出すメソッド・理論について示す。なぜ理論にまで話が及ぶかというと、納得感を伴ったより深い理解が、その脳内物質による幸福感をさらに上昇させるからだ。

 

理論的・科学的な学びは、普通のカウンセリングに比べて、不安症や鬱症状を3倍も改善するという。また、多くの人が知る「プラシーボ(偽薬)効果」は、当該薬品の効果を60%も飛躍させるという。

 

だから、「より深く科学的に理解して納得する」「根拠をもって信じる」という要素は、その後に示すメソッドの効果を、本当に何倍にもするのだ。脳内物質への理解を深めるというこの章が、本文章の最重要要素と言えよう。

 

脳内物質への理解を深めた後は、次のような流れに沿って、「幸福感を大きくする」ことを目指していく。

 

○第二章 幸福のために(ヒトとしてより良く生きる)

○第三章 幸福のために(多様なマインドセットを身につけ、ものの見方・考え方を広げる)

○第四章 幸福のために(イシューを吟味する)

○第五章 幸福のために(多彩なスキルを身につけ、パフォーマンスを上げる)

○第六章 幸福のために(コミュニケーション・スキルを身につけ、素晴らしい人間関係を目指す)

○第七章 幸福のために(アウトプットし続ける)

 

これらの要素は、幸福感が大きくなっていくようなステップとして示しているものの、ここに絶対的な優先順位があるのではない。スキルを身につけようとした結果として適性が見え、マインドセットが変わることもあるだろう。また、コミュニケーション・スキルを磨いたことで、イシューがより明確になることもあるかもしれない。さらに言えば、これらの要素を実践していくことで、脳内物質への理解が体験として格段に深まるのも事実だ。これらの要素は、それこそ相乗的なものだと捉えてほしい。

 

補足しておきたいのは、各章で述べられていることと逆の内容を仮定すれば、それは「不幸論」そのものであるということだ。その場合、本文章は、不幸が大きくなるようなステップを説明する代物になるだろう。何もあなたに、そのような読み方をしてほしい訳ではない。しかしながら、対比的に物事を見ることは、一方の情報に対してより理解を深めることにつながるし、思考・判断・表現もより磨かれる。したがって、場合によっては、対比的視点ももちながら、本文章を味わってもらえたらありがたい。

 

さて、皆さんの準備は万全だろうか。そろそろ、「シン・幸福論」について話を始めよう。

 

 

 

○幸福のために(目次)

○幸福のために(はじめに)

○第一章 幸福のために(脳内物質への理解を深める)

○第二章 幸福のために(ヒトとしてより良く生きる)

○第三章 幸福のために(多様なマインドセットを身につけ、ものの見方・考え方を広げる)

○第四章 幸福のために(イシューを吟味する)

○第五章 幸福のために(多彩なスキルを身につけ、パフォーマンスを上げる)

○第六章 幸福のために(コミュニケーション・スキルを身につけ、素晴らしい人間関係を目指す)

○第七章 幸福のために(アウトプットし続ける)

○幸福のために(おわりに)

 

 

 

○第一章 幸福のために(脳内物質への理解を深める)

SFチックなファンタジーを仮定して、脳内物質の話を始めよう。あなたは、生命体のメカニズムを決めるプログラマーだ。担当は「幸福の脳内物質」である。ヒトのスペックに関しては、他の担当プログラマーによって設定が完了している。あなたは、「幸福感システムのプログラミング」という手段だけで、今日の人類の発展を成し遂げなければならない・・・。この難題に、あなたならどう取り組むだろうか。

 

まずは、ヒトのスペックを他の生物と比較しながら確認しておこう。

 

■体格が貧弱である。

■身体能力が高くない。

■格段に知能がある訳ではない。

 

1番目と2番目に挙げた要素について異論はないはずだ。3番目に挙げた要素は、現在のヒトの繁栄を考えれば意外に思われる。しかし、ヒトは個人で様々なテクノロジーを発明しているのではない。1人の天才が原始時代にいたとしても、現代文明が魔法のように、突如として築き上げられる訳ではないだろう。あくまで、ヒトのスペックとしての知能には限りがある。プログラマーが幸福感にだけ影響できるというこのシミュレーションにおいて、人類の発展を成し遂げるのはいよいよ不可能に思えてきた。

 

しかしながら、極端に言えば、幸福感に関するプログラミングの創意工夫だけで、ヒトは現在の繁栄を成し遂げている。仮にそのプログラマーを「ブレイン・マスター」と呼ぶことにしよう。今から、ブレイン・マスターの驚くべき仕事を、幸福感を呼び込む脳内物質ごとに見ていく。

 

【セロトニンについて】

「セロトニン」は、「健康の幸福」をもたらす脳内物質だ。ブレイン・マスターは、ヒトが心身共に健康でいる状態に、まずは幸福感を与えた。心身の健康がなければ、まずその生命体が成立しない。健康が最優先事項であることは明らかであろう。実際にセロトニンが不足した場合、ヒトは心身の状態が極めて悪くなり、極端にキレやすくなったり、重度の鬱病を発症してしまったりするのだ。

 

もし、健康に幸福感が付与されていないとしたら、健康に誰も気を遣わなくなってしまう。次世代を担う子孫が増えることも決してないだろう。大きなモチベーションがあっても、パフォーマンスを発揮する機会が失われ、教育によって次世代がさらなる文明発展を成し遂げることもない。結果としてヒトの歴史は、かなり早い段階で途絶えていたはずだ。健康に幸福感が与えられたセロトニンのシステムは、種の生存・繁栄にとって最適解なのである。「健康の実感が『普通』から『少し良い』に上がることでもたらされる幸福感上昇率は、収入が上がることによる幸福感上昇率の65倍に相当する」という、衝撃的なデータも存在するのだ。

 

では、セロトニンはどのような場面で分泌されるのか。具体的には、以下の行動をした際である。

 

■朝陽を浴びる。

■咀嚼する。

■リズム運動をする。

 

この分泌条件の理論について詳しく見ていこう。ブレイン・マスターが設定した3つの分泌条件は、健康の3大原則と見事なまでに合致していて、もはや怖いほどに合理的だ。健康の3大原則とは、言わずもがな「睡眠」「食事」「運動」だ。

 

ハンティングや採集がしやすい時間(朝)に、朝陽を浴びることで幸福感が上がるシステムがあれば、ヒトは自然と日中に行動するようになり、食事機会の確保につながる。しかもセロトニンは、「メラトニン」という睡眠を促す脳内物質の材料になり、夜に眠くなるように身体を促す。このため、朝陽をしっかりと浴びたヒトは、ハンティングや採集がしにくい時間(夜)に、自然と身体を休めるようになるのだ。ちなみに、1日15分程度の日光浴で、「(決断力や実行力の向上に寄与する)テストステロン」の分泌が20%高まり、必要なビタミンが合成されることも分かっている。

 

咀嚼による幸福感上昇も、非常に理にかなっている。これにより、食物を摂取することを自然と意識するようになり、生命維持や成長に必要な栄養を吸収できるのだ。

 

また、獲物を探し歩く際のリズム運動による幸福感が出ていれば、獲物獲得に費やす時間・機会が多くなり、生命維持の可能性はさらに高まるだろう。

 

以上のように、セロトニンはヒトの最優先事項である「健康」をもたらす脳内物質であり、その分泌条件は驚くほど理にかなっている。コンクリート&情報のジャングルを生きる現代人は、旧石器時代から脈々と受け継がれたルールを無視しても、生命体として危険にさらされる訳ではない。しかしながら、本当に良いパフォーマンスを発揮したければ、意識的に旧石器時代のマインドをもって行動することが必要なのだ。

 

では、セロトニンを分泌させるために最も簡単で効果的なメソッドについて紹介しよう。それは、「朝活」である。具体的には、朝食を充実(咀嚼)させ、自然の中(朝陽)を散歩(リズム運動)することだ。この朝活により、セロトニン分泌に必要な3条件が同時に満たされる。また、セロトニンによるメラトニン合成によって、質の良い睡眠がもたらされると共に、さらに充実した朝活が可能になる。朝活により、私たちは健康のループに入ることができるのだ。

 

次の項から、セロトニン以外の脳内物質について詳しく見ていく。最後に、セロトニンについて重要なポイントを補足しておこう。

 

それは、「セロトニンは、他の全ての脳内物質の指揮者である」ということだ。後述するが、幸福感をもたらす脳内物質の中には、過剰に分泌されると暴走してしまうものもある。セロトニンはそれらの脳内物質が適切に分泌されるように、バランス調整をする役割をもっているのだ。だから、セロトニンをしっかりと分泌し、心身の健康を維持しつつ幸福感を高めることが、他の脳内物質による幸福感を爆発的に高めることに直結する。私が最初にセロトニンを扱った理由を理解してくれたであろう。

 

 

【オキシトシンについて】

「オキシトシン」は、「つながりの幸福」をもたらす脳内物質だ。ブレイン・マスターの次の仕事は、良い人間関係に幸福感を与えることだった。ブレイン・マスターが巧妙にこのシステムを設定したのは、ヒトのスペック不足を解消するためである。「体格が貧弱」「身体能力が高くない」「格段に知能がある訳ではない」という低いスペックを、ある方法で解消しようとしたのだ。

 

その方法こそ、「協力」である。ブレイン・マスターは、ヒト同士が「つながる」ことで生まれるパワーを熱く信じたのだ。現代文明の発展・予想もつかない未来への展望を思えば、つながりのパワーは、ブレイン・マスターでさえ予想できなかったほどに偉大だと言えるかもしれない。

 

実のところ、私たちの祖先であるホモ・サピエンスが生き残り、ここまで繁栄できた理由は、「つながり」だと多くの研究が示している。ヒト以外の生物も「群れ」を形成するが、ヒトは「群れ」のレベルをさらに向上させ、「分業」して生きるように進化した。「人類最大の発明は『都市』」だとする研究者も多い。

 

他者とつながることで幸福感を得られるというオキシトシンの性質は、破壊的かつ合理的だ。より大きな集団を形成することでパワーが飛躍的に増大するということもあるが、より大きな側面は「個人及び集団が成長する」ということである。

 

まずは個人の成長について見ていこう。もしつながりに幸福感が全く付与されておらず、ヒトが自分の健康だけを考える生命体だとしたら、出産や育児のように、あまりに大きなコストがかかるプロセスを踏もうとはしないだろう。ヒトの子どもは、生まれてすぐに立ち上がる草食動物とは違って、特に初期の育児コストが高い。もし、ヒトとのつながりによって幸福感を得ることができれば、ヒトは子どもたちを粘り強く、かつ協力して育てようとするはずだ。実際に研究によれば、良好な人間関係によるオキシトシンの分泌によって、忍耐力は50%、幸福感は40%上昇するという。またオキシトシンは、心身の健康や脳の活性化にも大きく寄与する。特に衝撃的なデータは、「孤独感(オキシトシンの不足)は、1日15本の喫煙と同程度、アルコール依存症の2倍、肥満や運動不足の3倍の死亡リスクになる」であろう。

 

オキシトシンはパートナーとのつながりを感じたり、子どもとのつながりを感じたりした際に大量分泌(生物的に母親は超大量に分泌)されるが、それは子どもたちをより良く教育して次世代につなぎ、世代を越えた繁栄を目指す、ブレイン・マスターの秀逸なプログラムとも言えるのだ。

 

次に集団の成長について見てみよう。これは、「ヒトという種の繁栄」とも言える。現代社会では当たり前のようで意識されにくいが、私たちの衣食住は必ず他者によって支えられており、他者とのつながりなしに生きていくことはできない。移動ツールや通信ツールを使用することは、その開発者とつながることだとも言えるし、そもそもツールの使用目的は他者とつながることであろう。

 

ここで重要なのは、つながりの幸福感がヒトの文明発展に大きく貢献しているということだ。私たちが暮らす現在の環境は、長い時間をかけて築き上げられた。決して1世代で築かれた訳ではない。必然的に、世代間のつながりが発生したということである。ここでつながりによる幸福感が、その神髄を発揮する。つまり、他者の言葉や考えを「信頼」できるということだ。意外に思われるかもしれないが、ヒト以外の生物は、人間的な意味で他者を信頼することはない。「あの場所は危ない」「あの生物は危ない」「こうすればうまくいく」「これを参考にさらに工夫しよう」という知識・マインド・メソッドの伝承は、実はヒト固有の性質である。だから、ヒト以外の生物は、プログラムされた本能の範囲内でしか生きられない。

 

対してヒトは、他者を信頼して自分の行動を変え、より良いものにすることができる。あらゆる伝承は、他者への信頼、つながりの幸福がなければ生まれない。ブレイン・マスターの「他者とつながる(他者を信じる)ことで幸福になる)」というプログラムによって、私たちは世代を越えて、集団を越えて、知識やマインドを共有し、メソッドをブラッシュアップさせ続けることができる。オキシトシンの幸福は、ヒトが繁栄し、文明の発展を成し遂げている直接的な理由なのだ。

 

オキシトシンの分泌条件は、「つながりを感じられる行動」である。具体例を次に示し、この項を閉じることにする。

 

■あいさつする。

■スキンシップする。

■親切にする・される。

■家族やパートナーと過ごす。

■友人と過ごす。

■ペットと過ごす。

 

 

【ドーパミンについて】

「ドーパミン」は、「快楽の幸福」をもたらす脳内物質だ。ブレイン・マスターはセロトニンとオキシトシンをあまりに巧妙にシステム化したが、このドーパミンのシステムには、「光」と「影」が存在する。この大きなポイントについては、この項の最後で扱うとしよう。

 

まず、ドーパミンの分泌条件を見ていこう。

 

■快楽や報酬を得たり目標を達成したりする。(仲間の達成も含む。)

■「快楽や報酬を得たり目標を達成したりすること」を予測し、段階的に挑戦する。(仲間の挑戦も含む。)

 

ここで重要なのは、ドーパミンは単に大きな幸福感を得るだけでなく、幸福感に付随した「効果」をもつことだ。では、ドーパミンの効果を見てみよう。

 

■快楽に向けたモチベーションが上がる。

■集中力・記憶力などを筆頭に、あらゆるパフォーマンスが高まる。

 

ドーパミンは、「快楽(欲)」に関するほとんどの行動に対して分泌される。快楽が幸福感をもたらすように設計されるのは、生命体としては自然と言えるだろう。食事の際、性行為の際にドーパミンが大量に分泌されるのは、種の生存・繁栄のために合理的なシステムである。

 

ブレイン・マスターが巧妙なのは、快楽や報酬の「予測」と、その実現に向けた「挑戦」に、より大きなドーパミンの幸福感を設定したことだ。「何か有益な情報があるかも!」「これで幸せになれるかも!」「このスキルをさらに向上させよう!」という好奇心とチャレンジ精神に基づいた行動をヒトが勝手にしてくれれば、文明が発展する可能性を飛躍的に高められる。私たち現代人も、金曜日の午後、旅行の計画を立てている時間、誕生日やクリスマスのプレゼントを期待する時間、相手や社会のレスポンスを待つ時間にこそ幸福を感じる。これは、ドーパミンのシステムそのものだ。(考えてみれば、キッチン・ドリンクも同様である。)

 

ドーパミンのシステムを熟知した上で、目標達成のメリットを明確化し、その目標を細分化・具体化・数値化し、適切な報酬(ご褒美)と成長のフィードバック(記録)を積み重ねることで、ドーパミンによる幸福感を最大限に享受することができるだろう。

 

ドーパミンに関する重要な情報をつけ加えておこう。それは、ヒトの脳には「社会脳」という報酬系システムがあり、特に「誰かの役に立った(誰かを幸福にできた)」場合の快楽や報酬に対して、より多くのドーパミンが分泌されるように設計されているということだ。その快感は、食欲的快感・性欲的快感・金銭欲的快感を上回る場合もある。先に述べたオキシトシンも、ドーパミンの増加を促進する。

 

社会脳というシステムは、脳内物質が相乗的に幸福感を高める典型例と言えるだろう。また、ドーパミンの増加はパフォーマンス向上にもつながるため、その幸福の和はどこまでも広がっていくのだ。 (親しい友人が幸せだと、自分の幸福感は15%アップする。驚くことに、友人の友人が幸せだと知った場合も、自分の幸福感が8%アップする。)ブレイン・マスターの仕事は、呆れるほど工夫に満ちている。

 

しかしながら、先に述べたように、ドーパミンとの向き合い方には大きな注意点がある。それは、「ドーパミンの快楽・報酬への欲求には限度がない」ということだ。セロトニンとオキシトシンの幸福感には限度があるし、仮に溢れるように分泌されたとしても、ヒトとして適切な状態を保てる。前述したように、そもそもセロトニンは各脳内物質の指揮官の役割を担う。

 

したがって、セロトニン(付随するメラトニン)とオキシトシンによる幸福感を十分に得ていない場合に、私たちはドーパミンによる幸福感を過剰に追い求め、もはや暴走状態に入ってしまうのだ。

 

もしかしたら、「ドーパミンは成長につながるから良いのでは?」と思うかもしれない。しかし、現代社会において、その論理は通用しない。なぜなら、「簡単にドーパミンを出す方法があり過ぎる」からだ。

 

アルコール、ギャンブルなどの代表的なものに加えて、ソーシャルネットワーク、ゲームなど・・・現代社会には、特にモチベーションや努力を必要とすることなく、ドーパミンを過剰分泌するツールやコンテンツが溢れている。このような対象に依存していくと、良い生活習慣も良い人間関係も、いとも簡単に崩壊してしまう。そうすると、セロトニンもオキシトシンも分泌が少なくなり、指揮官を失った脳は、ますますドーパミンの暴走を止められなくなるのだ。セロトニンが不足すれば睡眠を促すメラトニンも分泌されなくなり、睡眠の悪化は判断力の著しい低下を招く。最悪の場合、自身の欲望のために犯罪に手を染めるといった行動をしてしまう人も少なくない。

 

現代においてドーパミンが厄介となる原因はもう1つある。実は、オキシトシンの項で挙げた「協力」に関することである。オキシトシンによる「つながり」の幸福設定の際に、ブレイン・マスターは「集団にとって害になるものは排除する」という裏設定をしていたのだ。ヒトは進化の過程で、他者の道徳的な悪さを罰することによりドーパミンが大量に分泌されるようになったのである。本来弱者であったヒトは、協力することで生き残るという見事な戦略を採用したが、一方で、裏切り者は徹底して排除する必要があったのだ。

 

現代社会においても、実のところ、いじめの始まりは「間違っている人を正す」という正義感である場合が多い。ヒトにとって「正義」は最大の娯楽なのだ。しかし、ヒトはグループになると道徳的・倫理的判断力が著しく低下してしまう。そうすると、グループ内で目立つ者へのオーバーサンクション(過剰制裁)が過激化・巧妙化し、ブレーキが効かなくなる。現代の発信力の加速度的上昇により、このドーパミンの弊害は驚くほど助長され、誹謗中傷が後を絶たないのは周知の通りだ。爆発的に攻撃性が高まり、関連する犯罪率は格段に上がっている。そもそもヒトは、自分が手を下すことなく他者が不幸になった場合に快楽を感じる「シャーデンフロイデ」という性質をもっていることも重要な事実であろう。

 

では、ドーパミンの暴走を防ぐにはどうすれば良いのか。そのための考え方を示そう。

 

それは、快楽を「努力して得るもの」「努力なく得られるもの」に分けて考えることだ。努力やチャレンジを伴うものは、すぐに手に入るものではないし、何よりその成功は、健康(セロトニンによる幸福感)と、サポート(オキシトシンによる幸福感)によって成し遂げられる。もしチャレンジに失敗しても、セロトニンとオキシトシンがあなたをカバーしてくれる。

 

反対に、努力やチャレンジを伴わず、簡単にドーパミンを分泌できるものはどうだろう。例えばアルコールやギャンブル、ドラッグ、または陰湿ないじめについて考えてみれば、違いは明らかだ。そのようなドーパミンの幸福感を追い求めれば、セロトニンとオキシトシンはあなたから離れてしまう。前述のように、セロトニンとオキシトシンを失えば、暴走モードに入り、やがて変わり果てた姿になってしまうだろう。実際、鬱病の対処にセロトニンの幸福感とオキシトシンの幸福感は用いられるが、ドーパミンの幸福感は決して用いられない。

 

「その快楽に努力は伴うのか?」という自分への質問を、大きな価値判断基準にしてもらいたい。ブレイン・マスターも強く願うことだろう。ドーパミンの幸福感をセロトニン・オキシトシンとセットにできれば、ドーパミンの暴走を回避できるばかりか、幸福感を相乗的に高められる。

 

そして、あくまでもドーパミンの幸福感は、セロトニンとオキシトシンの幸福感を前提に成り立つことも気に留めておこう。ドーパミンの暴走は人生の破滅につながる。セロトニンとオキシトシンこそが、あなたを救ってくれる最後の砦となる。朝散歩が日課で、孫を愛して止まない老夫婦がいたとしよう。2人が「ドラッグの売人」であることがあろうか。決してないはずだ。

 

 

【エンドルフィンについて】

「エンドルフィン」は、「脳内麻薬」と呼ばれる脳内物質だ。エンドルフィンは報酬系に多く分布する。まずは、その効果について示しておこう。

 

■恍惚感(心の底からうっとりする感覚)を得る。

■多幸感(非常に大きな幸福感)を得る。

■鎮痛作用(モルヒネの6倍以上)を得る。

■ドーパミンの効果が10〜20倍以上にまで上昇する。

■「ととのう」「○○ズ・ハイ」「フロー」「ゾーン」という完全に没頭した状態に入り、パフォーマンスが爆発的に向上する。

 

聞くだけで絶大な効果をもつエンドルフィンだが、なぜエンドルフィンは麻薬とまで言われる効果をもたらすのか。それは、エンドルフィンの分泌が、「生命の危機を乗り越えるため」の行動によってもたらされるからだ。ブレイン・マスターは、いざという場合の緊急プログラムとして、エンドルフィンのシステムを設定した。そのことを理解するために、エンドルフィンの分泌条件を見てみよう。

 

■身体に大きな負荷をかける。高負荷の運動をする。

 

大きな負担がかかった際にまず必要なのは、痛みに耐えるというプログラムである。モルヒネの6倍以上という驚異的な鎮痛作用は、痛みに耐えて生命を維持するためのものだ。ドーパミンの効果が飛躍するのは、生命体の危機を回避するためにパフォーマンスを急上昇させる必要があるからだ。これこそ「火事場の馬鹿力」の科学である。また、「生命の危機を乗り越えて生きている」という事実がそこにあることを考えれば、恍惚感や多幸感が出るのも自然と言えるだろう。絶叫マシーンやバンジージャンプ、スカイダイビングに病みつきになるファンが多いのも納得だ。筋力トレーニング、サウナ、激辛料理などがもたらす爽快感も、エンドルフィン的幸福感そのものである。

 

実は他にも、エンドルフィンを分泌させる有効な手段ある。それが「感謝」である。この内容に関しては、「○第二章 幸福のために(ヒトとしてより良く生きる)」で詳しく扱うので、そちらを参照してほしい。

 

 

 

○第二章 幸福のために(ヒトとしてより良く生きる)

「○幸福のために(はじめに)」で示したように、「人として」ではなく「ヒトとして」という視点をもつと、より幸福感を得るための行動、よりパフォーマンスを高めるための行動が分かってくる。この章では、私たちがパフォーマンスをさらに発揮するための「行動の最適解」について述べていこう。この章で扱う行動は、前述の4つの脳内物質の分泌と直接的に結びついている。ここで示すメソッドを実践することで、あなたのパフォーマンスは向上し、影響力が広がり、得られる幸福感もずっと大きくなるはずだ。

 

【睡眠について】

睡眠は誰もが知るように、心身の疲労回復やパフォーマンスの向上といった効果をもたらす。睡眠の質や量が悪いと、疲労が回復せず、パフォーマンスも上がらないのは当然である。実際、睡眠不足になれば、身体の疲労は翌日に持ち越される。すると脳の生産性は大きく落ち、作業にかかる時間は14%も長くなってしまう。また、睡眠時間が6時間未満の人は、7時間以上の睡眠時間を確保している人に比べて、4倍も風邪を発症しやすい。さらに驚くことに、ヒトは極度の睡眠不足によって、現状のパフォーマンスの悪さを把握することすらできなくなり、低レベルのパフォーマンスを自分のフルパワーだと勘違いしてしまうという。徹夜で自己啓発本を読むよりも、しっかりと寝た方がパフォーマンスは確実に上がるのだ。

 

睡眠の効果は本当に偉大だ。11日間の睡眠断絶実験によると、睡眠不足が続いた場合、「理解力・分析力・運動能力の低下」「正気を失って目の焦点が定まらなくなる」「呂律が回らず言語不明瞭になる」「記憶が欠落して幻覚を見る」などの症状が出ることが判明した。しかしそれらの症状は、その後の15時間もの貪るような睡眠で完全にリカバリーされ、後遺症も残らなかったという。この実験は極端な例だが、睡眠が絶大な効果をもつことを如実に示す話でもある。言うまでもなく、睡眠は子どもの成長にも大きく寄与しており、10時間睡眠の子どもは、6時間睡眠の子どもより海馬が10%割程度大きいことも分かっている。

 

良質な睡眠のための具体的なメソッドについて述べていこう。睡眠の効果を最大限に享受するためには、最初の90分の質を高めることが重要である。実は、睡眠で得られる成長ホルモンのうち、80%はこの時間に分泌される。また、不安感を誘発するノルアドレナリンを脳内から一掃できるのも睡眠初期だけなのだ。

 

したがって、睡眠前はブルーライトの直視を控え、興奮材料を回避し、ゆっくりと入浴し、暗く静かな状況で就寝を迎えることが、人生において本当に大切な要素なのだ。過激な表現だが、極度の睡眠不足や悪環境での睡眠習慣は、自分で自分を虐待しているようなものだ。

 

適切な睡眠時間は人によって様々で、遺伝的側面も大きいが、「日中に眠くならない」ことが1つの基準になる。この点を意識すると良いだろう。また、日によって睡眠の時間が違うのは問題となりやすい。週末に体内時計が狂ってしまえば、週の半分はパフォーマンスが悪くなってしまう。したがって、毎日の起床時間を固定し、日光をしっかりと浴びて、25時間と言われるヒトの「サーカディアンリズム(体内時計)」を、地球の自転周期に合わせるような習慣をもつことが推奨されている。

 

最後に、昼寝の効果についても述べておこう。たった30分の昼寝で、脳の生産性は30%も回復するという。また、30分以内の昼寝の習慣がある人は、アルツハイマー発症率が5分の1になるという研究結果もある。しかしながら、1時間以上の昼寝になるとアルツハイマー発症率は3倍になるという。あくまで昼寝は、「短時間で集中して」を心がけるのがベストと言えそうだ。

 

 

【食事について】

食事は誰もが知るように、心身の成長と健康、幸福感の享受、パフォーマンスの向上といった効果をもたらす。実際、セロトニン・オキシトシン・ドーパミンなどの脳内物質の生成・分泌のためには、タンパク質など適切な栄養の摂取が欠かせない。反対に、不適切な成分を過剰摂取すると、健康を害する可能性が高いのは周知の事実だ。

 

摂取した食べ物は腸によって消化され、栄養が吸収される。腸は「第2の脳」と言われ、各臓器と綿密な連携をしてお互いに影響を与え合っており、精神面にも影響することが知られているが、特に食事においては、腸の方が圧倒的に優秀だ。脳は原始的な(ドーパミン的な)刺激に驚くほど弱いため、そのシステムを巧みに悪用したドリンク&フードに飛びついてしまう。しかし腸は、本当にその食事が適切かどうかを知っている。「食べ物は脳をだますが腸はだまされない」と評価される所以でもある。

 

だが、行動の決定権をもたない腸は、悪質な食習慣にも耐え続けるしかない。まずは腸が優秀であることと、腸内環境を良くすることが幸福感につながることを、脳で(知識として)理解する必要がある。全身の免疫細胞の60%は腸に集中しており、セロトニンは90%が腸で生成されることも重要な知識である。過激な表現だが、アルコールや加工品、糖分の過剰摂取、極度の栄養不足などの悪質な習慣は、自分で自分を虐待しているようなものだ。

 

素晴らしい食品と位置づけられているものは多いが、食品ほど各専門家によって意見が分かれるファクターも珍しい。やはり、(複数の研究結果を統合し、より高い見地から分析する「分析の分析」である)メタアナリシス的な知識を身につけ、様々な自然食品をバランス良く食べることが重要だ。嗜好品については、「プラスマイナス・プラス」の精神で楽しむべきだろう。

 

言うまでもなく、腸内環境を良くする食品を摂取することは非常に大切である。しかしながら、食べない時間(空腹の時間)を設定することも同様に大切だ。旧石器時代のヒトは、半日以上何も食べなかっただろう。適度な空腹状態でパフォーマンスが下がることはなく、むしろ身体のリセットが進むようにヒトは設計されているのだ。これは「オートファジー」という身体のシステムであるが、空腹でこそハンティング・採集のためにパフォーマンスを上げなくてはならないことを考えれば、当然のことだと言えよう。空腹感を味方につけることも、「何を食べるか」という吟味と同様に大切なのだ。

 

 

【運動について】

運動は脳のパフォーマンスのみならず身体全体のパフォーマンスを大きく向上させる。「運動VS脳トレ」は運動の圧勝であり、歴史的な大革命、大発見、大作を残す人は必ず運動しているものだ。しかも運動の効果は、今この瞬間からもたらされる。

 

なぜ運動がパフォーマンスを上げるのか。その最も大きな理由は、「運動によってドーパミンが分泌される」からだ。身体を動かす場面でドーパミンが分泌され、集中力(ハンティングや採集の精度)や記憶力(「獲物か危険生物か」「可食か不可食か」などの知識)が高まれば、獲物を獲得する可能性は上がる。しかも運動の爽快感は、「努力して得るもの」の代表例だ。実際に、運動で得られるドーパミンの量は最も多く、質も高いのである。パフォーマンスの向上と適切な幸福感が、運動によって、この瞬間にもたらされるのだ。

 

運動が幸福感とパフォーマンスを上げるというシステムは、種の戦略として、あまりに見事だ。よく動くのが「ヒトとして」あるべき姿であることを裏づけるように、「半日座り続ける人は、集中力や記憶力が著しく低下し、死亡リスクが40%以上も高くなる」という衝撃の事実が証明されている。

 

運動の有効性を示したところで、よりパフォーマンスを高める運動について見ていこう。運動のバリエーションは様々だが、特に脚を使う有酸素運動やスクワットの効果は抜群で、危険回避能力・創造性・問題解決力の向上などの、非常に強力な作用を発揮する。また、脳の活性化に大きな役割をもつ最強脳内物質「BDNF」も3倍近く合成されるという。脚を使う運動の有効性は、「立ってテストを受けるだけで成績が向上した」「数ヶ月のウォーキングで『前頭葉成長』『学力テストの結果が70%上昇』『加齢に逆らって脳の認知機能が若返る』」というデータに如実に示されている。

 

運動習慣が確立された場合の効果は、やはり驚異的だ。「がんリスクの減少」「コロナウイルス重症化リスクの50%低下」などの科学的データに加えて、知能指数が高くなるという研究結果まで存在する。また、週2回以上の運動をしている人は、ストレスや不安とほぼ無縁であるという。運動習慣によって、攻撃的な面が少なくなり、シニカルな態度もなくなるのだ。加えて非常に驚くべきことに、鬱病に対して抗鬱剤を使用した場合の再発率は38%だが、運動を習慣化した場合の再発率は8%であるという。毎日意識的に運動をすれば認知症発生率が40%減少するというエビデンスもある。「鬱病・認知症に対する最強の薬」も、間違いなく運動なのだ。

 

ちなみに、ヒトは運動不足になると、筋肉部位の多い表情筋を使って運動量を確保しようとする。だから食べ、肥満になってしまうのだ。運動は、脂肪燃焼・食事制限という2つの方向から考えても、最も有効なダイエット方法である。

 

 

【呼吸について】

ヒトは、世界に誕生してから死ぬまで、24時間呼吸をしている。意識的にも無意識的にも、呼吸は調節することが可能だ。そのような呼吸を見直すことは、実は非常に重要なのである。

 

まずは重要な点を確認したい。それは、「90%の人は口呼吸をしている」ということだ。実は、ヒトは本来「鼻呼吸」をするように設計されており、口呼吸にはデメリットが数多く潜んでいる。鬱病、花粉症、喘息、アトピー、歯周病、過敏性大腸症候群、睡眠時無呼吸症候群などは、口呼吸がその大きな原因になり得る。したがって、鼻呼吸を会得することは非常に有益なのだ。

 

また、上咽頭の炎症が、自律神経失調症、慢性疲労、アレルギー、花粉症、鬱病に大きく関係することが分かっている。上咽頭を清潔に保つことは、万病の治療につながる。具体的なメソッドとして、「鼻うがい」は強く医療界からプッシュされている。生理食塩水で鼻を洗浄すると鼻腔内の異物が除去され、上咽頭は非常に清潔になる。驚くべきことに、「コロナウイルス発症直後に1日2回の鼻うがいを実施すれば入院や死亡のリスクが8分の1になる」「風邪発症から48時間以内の鼻うがいで発症期間が22%短縮され、市販薬の使用量が36%、家族への感染が35%低下する」というデータもある。

 

鼻うがいなどのメソッドを駆使して、上咽頭を清潔にし、より良い呼吸を会得することは、私たちの予想以上にずっと重要なのである。

 

 

【姿勢について】

姿勢を良くすることは、最強のパフォーマンスアップ・メソッドの1つである。姿勢を良くすることで、体内に取り込む酸素量が30%も多くなり、集中力や記憶力、行動意欲が高まる。また、セロトニンの分泌も促される。加えて、自分の行動に対する自信や確信度も大幅にアップするのだ。「旧石器時代のマインドをもってコンクリート&情報のジャングルを生きている」現代人の身体は、狩猟採集の生産性を高めるために、良い姿勢でパフォーマンスが高まるようにプログラミングされている。

 

これに加えて、「個体発生は系統発生を繰り返す」という反復説の考え方も参考になる。つまり、サルからヒトへと進化する過程で、「姿勢が良くなるにつれて脳の容量も増えていった」のである。私たちも姿勢を良くしてこそ、脳のパフォーマンスが最大化するのだ。

 

姿勢に関連して、他にも生物学的に重要な点がある。そもそもヒトは、裸足で自然界の道を突き進んでいたということだ。足の指を鍛えることも意識しよう。意図的に裸足で過ごすアーシングをしたり、ソックスに気を遣ったりしてみよう。腰痛や坐骨神経痛、他のあらゆる文明病の予防と改善に、足の指の鍛錬は大きな効果を発揮する。

 

 

【笑顔について】

顔には身体の他の部位の4倍もの筋肉があり、表情のバリエーションも多様である。実は「笑顔」という表情には、以下のような絶大な効果が付与されている。

 

■ナチュラルキラー細胞の働きが活性化され、腫瘍細胞やウイルス細胞を拒絶し、免疫力を大きく上げる。

■副交感神経が優位になり、リラックス効果を得られる。

■血流が良くなり、脳梗塞などの血管トラブルを予防する。

 

また、笑顔に関する次のようなデータも存在する。

 

■アルバムで笑顔の人は、その後の幸福度が高い傾向にあり、人間関係も安定している可能性が高い。

■写真撮影で歯を見せて笑う習慣のある人は、写真撮影で無表情の人に比べて7年寿命が長い。

■全く笑わない人は笑う人に比べて2倍も早く死亡するリスクがある。

■全く笑わない人は笑う人に比べて4倍近く認知症になるリスクがある。

 

やはり、笑顔は非常に重要な要素だ。お金がかからず多くを生むし、一瞬のことなのに永遠に記憶に残る。買うこともせがむことも盗むこともできない。「幸福だから笑う」のではなく「笑うから幸福になる」ことは科学的に証明されている。「笑う門には福来たる」は、間違いなく正しいのだ。

 

 

【感謝について】

前章で言及した、幸福感を最大限に高める究極のメソッドを紹介しよう。それは、「感謝」である。「感謝する」という意味でも、「感謝される」という意味でも該当する。一見スピリチュアルな気もするが、その科学とブレイン・マスターの驚異的な創意工夫を知れば、感謝のシステムが実に理にかなっていることを痛感するだろう。

 

感謝で分泌される脳内物質は、先ほど紹介したエンドルフィンである。しかし、「なぜ感謝が、『生命の危機を乗り越えるため』のエンドルフィン分泌につながるの?」と思うかもしれない。この疑問に対する回答は、旧石器時代のマインドをもってみれば導き出せる。

 

つまり、ヒトの歴史において感謝とは、「生命の危機を救ってくれた存在に対する感情」であったということだ。「食べ物を分け与える」「危険を知らせる」「手助けする」という行動は、旧石器時代では「生命の危機を乗り越える」ことに直結していた。したがって、感謝によって心身がリラックスし、パフォーマンスも大きく向上し、恍惚感や多幸感がもたらされるようにシステム化されたのだ。

 

後述の「○第六章 幸福のために(コミュニケーション・スキルを身につけ、素晴らしい人間関係を目指す)【より良いコミュニケーションのための脳科学・心理学・生物学的な知識について】」で、「返報性」について述べるが、感謝は返報性にも大きく関係している。ヒトという生命体が発展していくために、感謝は絶対的な重要要素であったのだ。

 

さらに、感謝の素晴らしいところについて述べておきたい。それは、「感謝によるエンドルフィンの幸福感は、他の脳内物質の幸福感と相乗的にもたらされる」ということである。例えば、感謝を「朝陽を浴びて気持ち良く1日を始められること」「健康な食事をできること」「自ら動いて移動できること」に向ければ、それはセロトニンとミックスされた幸福感になる。「他者とのつながり」への感謝をもてば、それはオキシトシンとのミックスされた幸福感を生む。適切なドーパミンの幸福感は、そもそもセロトニンやオキシトシンの幸福感と結びつきやすい。加えて言えば、感謝に伴う笑顔や涙にも、大量のセロトニンとエンドルフィンの分泌作用があるという。

 

このように、感謝は、幸福感をもたらす他の脳内物質との偉大な相乗的幸福をもたらすのである。しかも1つの感謝は、後から何度でも噛みしめられる。「過去は美化されやすい」という性質によって、時間が経つほど感謝の効果は増しさえするのである。感謝は、これまで述べてきた脳内物質の素晴らしい要素をミックスし、その効果をどこまでも大爆発させる。「幸福感を最大限に高める究極のメソッド」そのものなのだ。

 

なお、この感謝は、本文章において最も頻出するキーワードである。この後も、その理論やメソッドの根拠として広く機能するので、気に留めておいてほしい。

 

最後に、感謝によってもたらされる驚くべき様々な効果と、感謝に関するいくつかの名言を紹介し、この項を閉じよう。

 

■感謝は、素晴らしい人間関係構築に著しく寄与する。

■感謝は、免疫力を大きく向上させ、健康増進に著しく寄与する。

■感謝は、副交感神経を活発にし、全身のリラクゼーション効果をもたらし、ストレス緩和をもたらす。

■感謝は、睡眠の質を向上させて最高の熟睡をもたらす。

■感謝は、心臓機能の向上と脳機能の向上をもたらすばかりか、血圧を安定させ、精神疾患になりにくいメンタルと長寿までもたらす。

■感謝に関する研究はエビデンスが多く、メタアナリシスの最高峰とも言える。

 

■生涯で捧げた祈りが「ありがとう」の1回だったとしても、それで120点である。

■喜びがあるから感謝するのではなく、感謝するから喜びがある。

■感謝は最高の美徳であるだけでなく、他のあらゆる全ての美徳を生み出す創造主でもある。

■感謝の習慣は、努力によってもたらされる。

 

 

【瞑想について】

瞑想をすることで、脳の「前頭前野」という部分が大幅に鍛えられる。瞑想で前頭前野を鍛錬するメリットは驚くほど多く、また1つ1つの効果も非常に高い。そのメリットを列挙してみよう。

 

■脳の疲労が軽減する。

■脳の生産性が向上する。

■(合理的)思考力が向上する。

■意志力が向上する。

■集中力が向上する。

■記憶力が向上する。

■免疫力が向上する。

■幸福感が上昇する。

■ストレス耐性が強化される。

■ポジティブ・シンキングが強化される。

■メンタルが安定する。

■自律神経が安定する。

■コミュニケーション能力の向上が高まる。

■ダイエット効果がもたらされる。

 

また、瞑想によって、デフォルト・モード・ネットワークという「創造性向上」に関係する神経活動も活性化することが知られている。自分自身の状態を客観的に分析して見通しをもてるので、瞑想習慣の確立は、自己成長・円滑な人間関係の形成に大きく寄与する。旧石器時代のヒトは現代人と大きく違って、ただ物思いにふけっている時間も長かっただろう。瞑想が、誰もが驚くほど絶大な効果をもっているのも、当然なことなのかもしれない。ちなみに瞑想は、自分の客観視に意識を集中するプロセスと言えるが、マインドフルネス、アファメーション、祈り、運動などと組み合わせることで、さらなる効果を生むという。

 

 

【自然とのふれ合いについて】

ヒトは元来、「バイオフィリア」という、本能的に自然とのふれ合いを求めるシステムを有しており、自然とふれ合う中で能力が引き出されるようになっている。自然の中でパフォーマンスが最適化するという事実は、「ヒトとして」視点で考えると至極当然のことだろう。

 

驚くべきことに、「オフィスにバイオフィリアの概念を採用しただけで、幸福度が15%、生産性が6%、創造性が15%向上した」「窓から緑の見える教室で学業成績が13%アップした」「森林浴で記憶力が20%アップし、ストレスが軽減され、免疫力もアップした」というデータもあるほどだ。緑の見える病室の患者ほど、手術後の経過が良好で退院が早いという。

 

自然環境の設定は、特に生産性に関する事項(決断力・攻略力・危機対応力・情報活用力など)の向上において絶大な効果を発揮し、その向上率は、最低でも2倍、条件によっては4倍であるという。また、自然にふれる子どもは、前頭前野が大きく知能が高い。反対に電子機器に囲まれると、子どもの知能は低下するという。

 

また、大自然の雄大さを前にして、自分の小ささを痛感する「Awe体験(外観効果)」の際には、脳が数十倍、場合によって数百倍活性化することも知られている。「Awe体験」によって、ヒトはあらゆるものへ感謝の気持ちをもちやすくなる。前項で、感謝によってもたらされる偉大な幸福感について述べたが、その幸福感は、自然とのふれ合いの中でさらに大爆発するのだ。

 

数多くの研究で、自然とのふれ合いが、運動や瞑想よりも大きな効果を生むと結論づけられている。だからこそ、運動や瞑想を、自然の中で実践してしまえば良い。そうすれば、運動や瞑想の効果は何十倍、何百倍にもなるのである。また、自然の中でぜひ実践してもらいたいのが、「旅」である。旅はそもそも幸福感を上昇させ、(チームの場合は)協調性が上がり、生産性を高める。これに自然が組み合わさるとその効果は途方もないものになる。3日間の「自然修正旅行」で、仕事において重要な創造性が50%アップするという。やはり自然は、私たちヒトの最大にして最強の味方なのだ。

 

 

 

○第三章 幸福のために(多様なマインドセットを身につけ、ものの見方・考え方を広げる)

この章では、幸福感を得るためのマインドセットについて見ていこう。マインドセットを身につけてものの見方・考え方を広げていくことは、超重要要素だ。

 

その最も大きな理由は、「全く同じシチュエーションにおいても、マインドセットが変われば、ストレスを生む脳内物質が幸福を生む脳内物質に変わる」からである。直面した刺激と自分の反応の間にはスペースがあり、そこに選択の自由(無限の選択肢)がある。「今この瞬間」の選択によって、マインドセットは変えられるのだ。

 

ストレスは一見すると諸悪の根源のように見える。しかし、ストレスというシステムは、実は「ヒトにとって必要であり意味がある」からこそ、ヒトという種の中で脈々と受け継がれているのだ。ストレスを生む「ネガティビティ・バイアス(ネガティブな要素への注目)」は、ヒトという種の生存・発展に大きく寄与しているのだ。この「ネガティビティ・バイアス」について詳しくは、この章の【不安・恐怖との向き合い方について】で述べているので、参照してほしい。

 

しかしながら、あらゆる全てのストレスがあなたにとって良いはずがない。文明の発展によって「ヒト」から「人」になるにつれ、種の根源的なストレスを完全に越えたレベルのストレスが誕生し、私たち現代人は常にその危険にさらされている。

 

この章では、ストレスを幸福感へのステップに昇華させるマインドセットについて述べていくが、まず前提として念頭に置いてほしいことがある。

 

「過度のストレスは百害あって一利なし」ということだ。

 

過度のストレスは、幸福感をもたらす脳内物質の分泌を大きく減少させる。すると、パフォーマンスは大きく落ちることになるが、中でも判断力の欠落は大きな問題だ。なぜなら、極限のストレスによって、脳疲労が限界まで進み、「そのストレスへの注目が精一杯となり、普段ならすぐに思いつく対応すらできなくなる」からだ。

 

例えば、「相談する」「病院に行く」「対処法を調べる」など、平時ならすぐに思いつくし、他人が思いつかないなら不自然に思うような方法すら、極限まで追い込まれた人は、全く思いつかないのだ。つまり、極限状態に追い込まれたら、その人の力だけではどうにもならないのである。驚くべきことに、それは、研究者や医療従事者などの「心の専門家」についても全く同様なのだ。

 

この章で述べることは、あくまで極限状態でないストレスについて適用することを意図したものだ。「過度のストレスは百害あって一利なし」を念頭に置き、冷静な判断ができるうちに、過度なストレスからは全力で逃げてほしい。冷静な判断ができるうちに、調べてほしい。相談してほしい。

 

そしてもう1つ言うなら、「○第一章 幸福のために(脳内物質への理解を深める)」の知識を生かし、メソッドを実行してほしい。特に大切な人には、たくさん感謝をしてほしい。感謝されると、エンドルフィンが多く分泌される。そうすれば、その人が極限状態に陥る前に、判断力を発揮し、何かしらの対応ができるのだ。それは、「本文章を読んでみよう!」と思えているあなたにこそ実践してほしい。あなたの実践で、誰かが救われる可能性は大いにある。

 

前置きが長くなったが、いよいよマインドセットについて見ていこう。この章では、ストレスとの向き合い方から話を始め、ストレスをポジティブなものに変えるための、「ものの見方・考え方(パラダイム)」の転換について述べる。ここで重要なのは、パラダイム・シフトが起きたからと言って、以前にもっていたものの見方・考え方が無駄になることはないという点だ。むしろ、以前のものの見方・考え方があるからこそ、新しいものの見方・考え方がより威力を発揮するし、違った立場の人へのかかわりも効果的になる。

 

現在のマインドセットを確認し、それを大事にした上で、マインドセットをさらに強固にしたり、進化させたりしていこう。

 

 

【悩みについて】

大前提として、「悩むということは、その物事を分かり始めた」ということである。悩みがあるから、自分の行動を変えることになり、そこに成長が生まれる。「悩める」ことはチャンスなのだ。このマインドセットが、成長の大前提そのものである。悩みを自分自身で「劣等コンプレックス」に格上げしてはならない。

 

それでは、悩みとの向き合い方について具体的に見てみよう。悩みと向き合う方法は大きく2つだ。「リサーチに頼ること」「コミュニケーションに頼ること」である。

 

まずは「リサーチ」について考えてみよう。悩みがあるのなら、まずはとにかく、本を読んだり検索したりしてみよう。自分の悩みが、「世界初」「史上初」の悩みであるはずがない。全ての悩みは、過去に誰かが解決してくれている。まずはリサーチしよう。情報のインプットを通して知識の「点」を打ち続けると、点と点がつながり「面」が形成されるような感覚を得る。そうすると、アイディアが驚くほど湧いてくる。特に読書は、熟練すれば熟練するほど、本当に爆発的な効果増大の可能性をもつ。読書によって、偉人との円卓会議さえ可能になるのだ。「読書は最もレバレッジの高い活動」と言われるのも納得だ。本を読めば、著者への感謝も生まれてエンドルフィンが大量に分泌されるだろう。

 

次に、「コミュニケーション」について考えてみよう。悩みを抱えた場合は、その悩みをまず自分の脳の外で表現すると良い。具体的には、他者に相談するのだ。「悩みを話せば、その悩みは自分から離せる」という。一旦自分から悩みを離せば、その悩みを(相談相手を含めた)複数の視点で客観的に分析することができるし、そこにアドバイスや激励も発生する。そうして、悩みを「解決のためには?」という疑問に変換し、自己成長に向けたノルマへと昇華させるのだ。相談相手に対するエンドルフィンが大量に分泌されるのは当然だろう。

 

「悩みを自分から離(話)し、客観的かつ複数の視点で見ることで、レベルアップのためのノルマにしてしまう」ことを意識すると、悩みと上手に向き合えるはずだ。

 

 

【人間関係の悩みについて】

前項で「悩み」について述べたが、人の悩みの中で最も多く、最も大きいものは「人間関係の悩み」であるという。

 

これには、ヒトがもつ根源的な欲求が大きく関係している。それこそ、「他者に認められたいという『承認欲求』」だ。この承認欲求があることで、自分自身や自分の行動が認められない場合に、人は悩みを抱えてしまう。前項で述べたように、「悩み」は自分自身を大きく成長させるファクターだ。しかしながら、人間関係の悩みは必ずしもポジティブなものではない。実は、この人間関係の悩みこそが、「極限のストレス」の代表格である。

 

人間関係の悩みを「極限のストレス」にしてしまわないように、重要なマインドセットを伝えておきたい。その最重要キーワードは、「課題の分離」である。また、その象徴は「馬を水辺に連れていくことはできるが、水を飲ませることはできない」という言葉だ。

 

もう少し詳しく説明すると、「自分の課題(コントロールできること)」と「他人の課題(コントロールできないこと)」を分けて考えようということだ。「自分が何をするか」は自分の課題(変数)であり、自分で言動をコントロールできる。しかしながら、「自分の言動についてどう思われるか」は自分でコントロールできる要素ではなく、他人の課題(定数)なのである。

 

私たちは、「他人がどう思うか」ということで悩む必要はないし、そもそも悩む意味も価値もないのだ。課題の分離ができるようになると、人生は驚くほど楽になる。逆に課題の分離ができなければ、他人の人生を生きることになってしまう。

 

人間関係の悩みは自分のコントロール下にない問題であり、最も平等かつ最大の資産「時間」の無駄遣いであると理解していれば、物理的な余裕も心理的な余裕も生まれる。「悪いあの人」「可哀想な私」をダラダラ主張するよりも、「今、これからどうするか」を真剣に考えよう。やるべき自分の努力をしっかりと実行したのなら、自信をもって、「人事を尽くして天命を待つ」のだ。

 

あなたが行動すれば、それは届けたい人以外にも届くし、予期しない反応は必ずある。わざわざ「嫌い」と言いに来る人もいる。そこに1秒も割くことはない。「あなたの話はしていません」で終わりである。批判されたとしても、あなたのペルソナ(仮面)が批判されただけで、あなた自体が否定されたのでは決してない。100人の「Good(いいね)」より、自分1人の「Good(いいね)」である。

 

 

【不安・恐怖との向き合い方について】

大事なプレゼンの前、プロジェクトを実行する前、試合の前、テストの前、日曜日の夜など、この上なく憂鬱になることがある。誰もが、「この憂鬱がなくなれば」と思ったことがあるだろう。しかし、この感情は「危険なものから遠ざかろうとする」という、ヒトとしてのメカニズムが正常に機能している証拠でもある。ポジティブな感情よりネガティブな感情を長く保持する方が、危機回避という面では都合が良い。実際、爬虫類以上の生物においては、論理的な思考を担当する前頭前野より、ネガティブ思考を担当する偏桃体の方が歴史的にずっと優位だった。ネガティブな感情を抱いて生命の危機を回避していくことが、どのような種の生存においても有利だったのだ。不安や恐怖は、決してネガティブな感情ではなく、むしろ自分の心が正常だと確認できる手がかりなのである。

 

脳科学的事実も、「不安や恐怖を特別問題視しなくて良い」という考えを後押しする。例えば、ストレスを感じた場合に、ヒトの身体は、身体の機能向上に作用する「アドレナリン」や、脳の機能向上に作用する「ノルアドレナリン」というホルモンを分泌することが知られている。この2つのアドレナリン系は、「闘争or逃走(Fight or Flight)」のホルモンだと言われる。危険生物に遭遇した場合に、ヒトは瞬時に「戦う」か「逃げるか」を選択する必要があった。どちらの選択をするにしても、身体機能と脳機能の向上は理にかなったシステムだと言えよう。その名残で、(適度な)不安や恐怖などのストレスは、ヒトのパフォーマンスを上げるのだ。ちなみに「ヤーキーズ・ドットソンの法則」というデータで、このことは証明されている。また、全くストレスを感じない人よりも、適度なストレスに対処し続けている人の方が長く生きることも立証されている。

 

不安や恐怖という「ネガティビティ・バイアス」のメカニズム自体をポジティブに捉え、さらに話を進めよう。

 

これらの感情自体を「1本目の矢」としよう。この矢が刺さることは、ヒトという生命体として当然の反応である。ここで、「1本目の矢が当たったことでストレスがかかっている」という状況を冷静に受容できれば良いのだが、多くの人は、そこに付随する余計な心配や、「こう思われるのでは」という妄想など、自分自身で「2・3本目の矢」を当ててしまう。そうすると当然、不安や緊張は極限のストレスとなってあなたを押し潰そうとする。

 

だから、不必要な2・3本目の矢を刺すのではなく、自分のメンタルとフィジカルの適切な反応に、むしろ自信をもつべきだ。不安や恐怖を感じるのならば、「メンタルは安定している」と考えてほしい。そして、複数の研究が、「97%の心配事は起こらない(心配事が起きる可能性は13%で、その80%は解決可能。)」ことを証明している。

 

ちなみに、「不安と恐怖は明確に違う」ことを知っていただろうか。この2つの感情の違いは、「これから何が起こるか分かっていない」か「これから何が起こるか分かっている」かである。前者が不安で、後者が恐怖の説明だ。だから、回避方法・解決方法を知っておけば、少なくとも恐怖によって極限状態に追い込まれることはない。「情報」という武器があれば恐怖は克服できる可能性が高いし、情報収集次第で、不安を恐怖にレベルダウンさせることができるのだ。情報弱者になってはならないし、情報弱者にさせてはならない。

  

 

【緊張との向き合い方について】

「緊張」について述べておこう。この項では、いくつかの緊張の解消策を示しておく。前提として、先に述べた通り、「適度なストレスはパフォーマンスを向上させる」ことは意識した上で参照してほしい。これ以降に言及するのは、あくまで過度の緊張への対応策だ。

 

まず、「自分を観察すると緊張は強くなり、周囲を観察すると緊張は弱くなること」を理解しておこう。このように視点を変えることで、生物的に緊張を緩和することが可能になる。また、「自分が緊張するということは、緊張している人が、他にも大勢いる」と考えてみることも有効である。緊張を解消し、適切な緊張に導くプロセスを楽しめるようになれば最高だ。

 

 

【ポジティブ・シンキングについて】

「ポジティブ心理学」では、「自分のマインドセット(主観)によって、現実(客観)を変えることができる」と考える。心の在り方によって、地獄を楽園にすることもできるし、楽園を地獄にすることもできると考えるのだ。実際、ポジティブに生きることは、計り知れないほど絶大な効果を生むことが証明されている。

 

ポジティブな脳は生物学的優位性をもつ。ポジティブな人がネガティブな人に対してどのような優位性をもつのか、実際に見てみよう。

 

■寿命が15%長くなる。

■長生きする確率が70%上昇する。

■生存率が30%高く、がんリスクが15%、感染症リスクが50%低い。

 

また、メソッドと関連したデータも多くある。

 

■ポジティブな日記を1週間続けると、その後半年の間で幸福感が持続する。

■ポジティブな医師は、3倍も賢明で想像力が働いて20%も短い時間で正確な診断ができる。

■ポジティブなビジネスパーソンは、60%近くも営業成績が良い。

■ポジティブな学生は、各項目で格段に良い成績を修める。

 

なぜポジティブなマインドセットに、このような絶大過ぎる効果があるのだろうか。「○第一章 幸福のために(脳内物質への理解を深める)」で得た知見は、その深い理解に一役買うだろう。

 

つまり、「ポジティブに注目する」というマインドセットが、セロトニン、オキシトシンといった脳内物質の分泌とセットになるからだ。ポジティブな側面に注目するというプロセス自体、心身の健康が土台になければならないし、ポジティブな感情をもつ事象は、主に人とのつながりの中にある。加えて、そこに感謝が伴えば、エンドルフィンの分泌ももたらされる。これらの脳内物質による幸福感とセットで、様々な効果がもたらされるのはすでに述べた通りだ。もはや、ポジティブ・シンキングで幸福感やパフォーマンスが高まらない科学的理由を探す方が不可能である。

 

自分のことをポジティブだと考えている人は、ここまで述べてきた幸福感やパフォーマンスの飛躍を実感しているであろう。ただ、自分のことをネガティブだと考えている人についても、全く問題はない。数分後には、あなたはポジティブ・シンキングを手にしているはずだ。

 

自分のことをネガティブだと考えている人は、「ネガティブな要素に対して敏感な人は、ポジティブな要素に対する感度も高い」というファクトに目を向けるべきだろう。「敏感な人は、鈍感な人よりも大きな喜びを得られる」という、脳科学的エビデンスも得られている。恐怖心と緊張状態が大きければ大きいほど、事後の快感も大きくなることは、「リバーサル理論」として証明されているのだ。つまり、自分や他者のネガティブな部分に注目しやすい人こそ、幸福感を上げる可能性をもつのである。

 

HSP(非常に感受性が高い敏感な人)」は全人口の20%いるというデータがあるが、それはむしろ、「感動のオキシトシンが常人よりずっと多く分泌される才能」なのだ。「ネガティブ」という性質を変える必要など全くない。自分をそのまま受容して肯定することで、「どうにでもなれ」という自暴自棄を避けることができるし、未来への希望も灯し続けられる。

 

「自分を責めてしまう」という悩みをもつ人もいるだろう。しかしながら、実はこのような人は、他者に責任を押しつける「他責思考」の人よりポジティブである。論理的には、「運のせいにする」というオプションを行使していないことから「自分は運が良い」と思っているし、運のせいにしないから創意工夫を追求して成長することができるのだ。むしろ自責的で悲観的だからこそ、最悪のケースを想定し、細かい部分まで準備することができる。それによって、「未来をコントロールできる」という非常にポジティブな感覚を手にすることができるのだ。

 

他責思考の場合は他者の責任にして終了であり、自分の成長にはつながらない。他責思考は楽な分、その依存性も高い。この思考を続けることによって、どこまでも自己防衛できてしまうし、ドーパミンの作用でそれが快楽化してしまうからだ。自分が成長できない(理想に程遠い)のは、「保有している財産の差のせい」「友人のせい」「教師のせい」「親のせい」「地域のせい」「国のせい」「時代のせい」などと、他責思考があれば、どこまでも自分が傷つかない理由を見つけ出せる。しかし、自分に責任を求めない人は、自己中心的な人物とみなされ、周囲の人も離れてしまうだろう。

 

一方で、「自分を責めてしまう」人はどうだろう。「もっと良くなるためにできたことは」「成功するために自分にできたことは」という自分の課題に目を向けるスタンスで物事を考えて行動していれば、仲間も全力でサポートしてくれたり、アドバイスをしたりしてくれるだろう。この思考は、実は自分の成長につながるばかりか、集団の質も劇的に向上する魔法なのだ。どのようなテーマについてでも、複数人で考えれば、そこに爆発的成果が生まれるのである。

  

ポジティブ・シンキングに関するマインドセットについて述べてきたが、ポジティブ・シンキングを生み出すメソッドについても述べておこう。それは、表現を変えることでネガティブな印象をポジティブな印象に変える「ペップトーク」である。例えば、「やらないこと」リストを作成する場合でも、「〜をやらない」ではなく、「〜のために〜をする」と表現してみるのだ。「アルコールを摂取しない」ではなく、「健康のために、日頃頑張ってくれている肝臓を休ませて、質の良い栄養を与えてあげる」などとすれば、「我慢(ネガティブなストレス)」を「実践(ポジティブなチャレンジ)」にできる。次にペップトークの実践例を挙げておくので、ぜひ参考にしてほしい。

 

ネガティブをポジティブへ

ImpossibleIm possible

□臆病→慎重

□うるさい→活発

□音痴→普通は聞こえない音を聞くことができる

□悪筆→暗号製造

□優柔不断→思慮深い

□注意散漫→好奇心旺盛

□古くさい→ヴィンテージ

□唐揚げは身体に悪い→背徳のチキン

□やめてくれ→いつものあなたと違うよ

□嫌い→まだ魅力に気づいていないから教えて

□諦める→新たな道を発見する

□禁酒(禁煙)→肝臓(肺)のデトックス

□古典→価値が立証され続けている教訓

□憂鬱(緊張)→アドレナリンとノルアドレナリンの正常反応

□ヒマ→多くの時間をもっている

□反抗期→大人への階段

□立ち入り禁止→農薬がつきます・クマ出没注意

□痴漢注意→痴漢が逮捕されました

□ミスするな→丁寧にいこう

□買ってください→投資してください

□出すのが遅れます→お時間をいただいて、良いものをお届けします

□○○に行け→○○は最高のパワースポットだよ

□どうせ無理→かなり難易度が高いけれど、もし実現できたら素晴らしいよね

□控えプレイヤーになってほしい→この業界に革命を起こさないか

□やる気があるのか?→パフォーマンスが低いように見えるけれど、何かあった?

□今月中は無理→来月であれば喜んで

□何度も聞いた話だ→何度聞いても良い話だ

□言ってくれれば良かったのに→力になりたかった

□ちゃんと報告しろ→君の評価を上げたいから教えてね

□姿勢を正せ→凛として服が似合うね

□締め切りを延長してください→この期日までお時間いただけたら、もっとクオリティを上げられます

□いつまでも残って仕事したくない→自分の時間や家族の時間を大切にする姿を、子どもたちにも見せたい

□細かいことでいつも怒られる→基本的なことは万事OK

□今まで全部うまくいかなかった→今までの全部伏線!

 

ポジティブをよりポジティブへ

□おいしい→ほかの店がまずく感じるほどにおいしい

□おいしかったです→久しぶりにおいしいものをいただいた

□素晴らしい天気だ→雨のことなんか思い出さない

□現品限り→人気商品につき最後の1つ

□発注してほしい→○○さんと一緒に仕事がしたい

□丁寧な指導→分かるまで何度でも質問可能

□2倍の大きさ→200%の大きさ

 

現象としては同じ内容に対しても、工夫して楽しみながらやる人の成果・幸福感は脳科学的に倍以上になり、嫌がりながら我慢する人の成果や幸福感は脳科学的に半分以下になってしまう。そもそも、あらゆる学問が証明しているが、ヒトは何かをやるようにデザインされており、何かをやらないようにはデザインされていないのだ。

 

 

【時間について】

「時間がない」というストレスは、私たち現代人に重くのしかかっている。「全てを完璧にする」ためのテクノロジーは、「全て」そのもののサイズを爆発的に大きくしている。私たちが生きる現代社会では、魅力的なことを全て実行するのは不可能だ。時間は有限であり、人生はこの4000週間1回なのである。

 

だから、「全てをこなそうとするのではなく、全てをこなそうとする誘惑に勝つ」ことが大切だろう。実際、タイムマネジメントの意識そのものが、幸福度も生産性も大きく下げることが証明されている。逆に、「全てをこなせない」というマインドセットと余裕は、重要なことを心から楽しむことにつながる。

 

自分が本当にやりたいことを吟味・決定するための具体的なメソッドについては、「○第四章 幸福のために(イシューを吟味する)」を参照してほしい。あなたは、「やりたくないことに『ノー』と言う」レベルを大きく越えて、「やりたいことに『ノー』と言う」レベルにまで到達できるだろう。逆に言えば、そのレベルに到達しなければならないほどに、人生の時間は短いのだ。人生は「絶対にやりたい!orやらない」でしかない。

 

最後に、時間に関する重要なデータを示しておく。それは、「他者のための行動は、自分のための行動より体感時間が2倍長くなる」ということだ。他者のための行動には、そもそもオキシトシンやエンドルフィンの幸福感が伴う。その幸福感を感じる時間が、2倍になるというのである。

 

無理のない他者貢献を続ければ、あなたの日々は感謝に溢れる。そして、あなたの人生は「幸福な人生2回分」になるのだ。他者貢献こそ、究極のタイムマネジメントだろう。

 

 

【お金について】

お金に関するストレスもまた、全人類に共通するファクターだろう。この項ではその解消のためのマインドセットを紹介したい。

 

幸福感を得るためのお金の使い方として、真っ先に挙げたいキーワードは「『モノ消費』より『コト消費』」である。科学的には、「経験を消費するよう意識することで、幸福感がかなり上昇する」という。しかもそれは、経験への期待だけでも同様の傾向を示す。これは、「報酬予測」によるドーパミンの効能だ。

 

「『モノ消費』より『コト消費』」を意識すれば、「人生の前半は後半への期待で終わり、人生の後半は前半への後悔で終わる」というリスクを軽減することができるはずだ。知識や経験などの「コト」は「モノ」と違って奪われないし、むしろ時間の経過によって美化される。仮に「モノ消費」をする場合でも、多くの時間や経験など、「コト」の染みこんだ「モノ」こそが、大きな価値をもつのだということを意識しておくべきだろう。

 

加えて、(搾取につながらないケースにおいて)「他者のためにお金を使うと、自分のためにお金を使う場合より幸福感がずっと上昇する」ことも補足しておく。「チャリティへの寄付は、家庭の所得が2倍になったのと同じ幸福感」「ボランティアへの参加で年収が2倍になったのと同じ幸福感」とも言われる。また、幸福感に伴って死亡リスクや早世のリスクも有意に低下するという。

 

これらの事実は、経済学的には「倫理的満足感」と呼ばれ、心理学的には「ヘルパーズハイ」と呼ばれている。 「他者に分け与えられる」という事実に伴う様々な感情は、当人の幸福感に著しく寄与するのだ。

 

 

【ものの見方・考え方の転換(パラダイム・シフト)の実現手段について】

この項では、ものの見方・考え方の転換(パラダイム・シフト)を実現し、ストレスを幸福感に変えるためには、具体的にどのような手段の実行が必要なのか見ていこう。ここでポイントとなるのは、2つのキーワードである。

 

「抽象度を上げる」と「コントロール感を高める」だ。

 

まずは、「抽象度を上げる」ことについて見ていこう。抽象度を上げるということは、現象を俯瞰で見たり、高い視点で分析したりすることを指す。この過程は、広い意味で言えば、「認知の認知」と言われる「メタ認知」だ。

 

抽象度を上げるというこの思考法は、物事の新たな括りに気づいてテーマに転用することにつながる。例えば、「成功」の反対は「失敗」と言われるが、この対極の2要素を同じ現象として括ればどうなるだろう。成功と失敗は「行動の結果で成長につながる」であると括れば、その対極に「何もしないことで停滞につながる」という括りを設定できる。この方法を使えば、「愛」と「憎悪」の対極に「無関心」や、「5億円の収入」と「5億円の借金」の対極に「お金に対する信用のなさ」という括りを新たに設定することができる。

 

抽象度を上げることは、思考上の大きな武器であり、新たなアイディアを生む強力メソッドになる。また、物事をメタ認知的に捉え、格段に高い抽象度で分析することは、どのような課題に優先で取り組むかを決める指針になり得る。詳しくは、「〇第四章 幸福のために(イシューを吟味する)」で述べるが、抽象度を上げることが、人生の幸福度を左右するキーポイントになることは、まず心に留めるべきポイントだろう。抽象度が上がれば、ストレスを解消するどころか、そのストレスを一切受けつけないような人生のテーマを設定できる。逆にメタ視点がもてないと、問題の世界にどっぷりと浸かってしまい、その世界が全てのように錯覚してしまう。そもそもやるべきかどうか、どうやるべきかなど、高い視点での分析ができなくなるのだ。

 

次に、「コントロール感を高める」ことについて見てみよう。前述の通り、人間関係の悩みにおける他者の「気持ち」こそ、自分にとってコントロール感がないものの代名詞だ。ここで重要なのは、ものの見方・考え方を転換させれば、「他人の課題が自分の課題になり得る」ということである。

 

チームになかなか価値観の合わない人がいて、その人の意見がいつも気になってしまうとしよう。この人のおかげで、自分の意見が通らないし、プロジェクトが円滑に進まない。あなたは、「この人がもう少し他の人の意見を尊重してくれれば良いのに」「この人がもう少し発言を控えてくれれば良いのに」と思っている状況だ。

 

しかしながら、相手があなたの意見にどう反応するかは、それこそ「他人の課題」である。もちろん、あなたが超能力者でもない限りでもない限り、「コントロール感0」である。ここで、パラダイム・シフトを図るのだ。

 

あなたが困っているのは、自分の意見が通らないことと、それに伴うストレスだ。ここで、その解消のために、「今、私にできることは?」と課題を再設定してみよう。

 

例えば、「事前にその人に相談に行く」のはどうだろう。もしかしたら、あなたの意見が的を射ていないかもしれない。先に相談すれば、事前に新しいマインドやメソッドを教えてもらえるだろうし、あなたの意見は「反対意見への対処」まで含んだ説得力抜群なものにブラッシュアップされるかもしれない。事前の相談自体は、ほぼ「コントロール感100」ではなかろうか。

 

その人に相談しにくければ、「過去に指摘された内容を整理して対策する」のはどうだろう。「他の人に意見をもらい、想定問答を考えておく」のはどうだろうか。いずれも「コントロール感100」であろうし、ただ相手の反応を気にし続けて何もしないよりはずっと良いだろう。自分自身の成長にもつながるはずだ。

 

つまり、「他人の課題」を「自分の課題」に捉え直してみれば、コントロール感は大きく高まるのだ。しかも、勇気をもって行動した場合、自分の大きな成長につながる。ネガティブな感情を数字で表現したとして、「その数字はそのままに、それがマイナスからプラスになり、場合によって数字も大きくなる」イメージである。しかも、「自分の課題」に伴う行動には、大きな感謝が絶えず付随する。つまり、課題の捉え直しは、最強の幸福物質であるエンドルフィンの分泌につながるのだ。課題の再設定をしない理由は、全く見つけることができない。

 

もちろん、「自分の課題」と捉え直したからこそ、「今自分がすべきは、ここから全力で逃げること」という結論が導かれることもあるだろう。(人間関係が絡んだ)不当な状況、「コントロール感0」の状況については、頑張れば頑張るほど闇が深くなる。課題の再設定をできるならば、判断力はまだ正常だ。「全力で逃げる」という判断が出たならば、自信をもって逃げよう。そうしなければ、「やりがい搾取」や「ストックホルム症候群」のような状況になりかねない。このポイントについては、頭に入れておいてほしい。

 

これまで述べてきたように、ものの見方・考え方を大きく転換するためには、「可能を不可能と思い込まない」ことが大切だ。「不可能を可能にするより、可能を不可能と思い込まない」ことが重要なのである。そしてそれは、抽象度を上げたり、コントロール感を高めたりすることによって、多くの人が体感できるはずだ。逃げるという選択も、不可能ではなく可能なことであろう。

 

なお、この章の冒頭でも述べたが、「以前のものの見方・考え方があるからこそ、新しいものの見方・考え方がより威力を発揮するし、違った立場の人へのかかわりも効果的になる」ことは常に意識しておいてほしい。以前の自分(「抽象度が低かった自分」「『他人の課題』でクヨクヨしていた自分」)を恥じることは決してない。その自分があるからこそ、新しいマインドセットへの理解も深まるのだ。あなたが究極のポジティブ・シンキングを手に入れており、この話を蛇足だと感じていることを願う。

 

 

 

○第四章 幸福のために(イシューを吟味する)

前章の【ものの見方・考え方の転換(パラダイム・シフト)の実現手段について】で少し言及したが、ここでは「イシュー」について丸々1つの章を割いて扱いたい。このイシュー(イシューの吟味)こそ、本当に幸福になるための最重要要素だからだ。イシューの重要度を象徴するのは、以下の数式であろう。

 

「結果=才能(1〜100)×努力(1〜100)×イシュー(−100〜100)」

 

イシューとは、「取り組むべき最重要課題」のことである。イシューだけがマイナスになり得るというこの数式は、例えば「100の才能を100の努力で、凶悪犯罪のために伸ばす」というケースを想定するとイメージしやすい。これは極端な例だが、実は取り組むべき最重要課題の設定を間違っているために、実現がなされない状況は多く存在する。

 

■手段と目的の逆転

■正解がない課題の正解探し

■練習のための練習

■勝てない相手への無謀な挑戦

 

このような場面に陥っている人を見聞きすることは少なくない。これらは、単刀直入に言えば「無意味」である。何かしら得るものがあるかもしれないが、それがトリガーとなって、さらに無意味さを助長する可能性の方が高い。

 

■手段と目的の逆転

→手段を使うことに注力してしまい、目的は全く達成されない。

■練習のための練習

→プロセスを評価してしまい、極度の「結果より過程重視」になる。

■正解がない課題の正解探し

→全ての時間が無駄になり、本当に重要なことに使う時間がなくなる上に、大きな疲労が残る。

■勝てない相手への無謀な挑戦

→レベルが違いすぎて収穫が不明確になる上に、再起不能なほどのダメージを負う可能性もある。

 

したがって、自分が取り組むイシューの設定がそもそも適切かどうか、吟味に吟味を重ねることが何より大切なのだ。イシューの設定を間違ってしまえば、先ほど述べたように、「途方もない成果や時間の損失」につながってしまう。いつもの2倍努力したとしても、地図が間違っていれば、間違った場所に2倍の速度で着くだけだ。そして多くの人は、ハシゴをかけ違ったことに後から絶望する。しかも、死ぬ前に人が感じる最大の後悔は、「もっと自分に正直になれば良かった」だという。

 

このような事態は絶対に避けたい。そのために、イシューを吟味する際のポイントを手厚く紹介しよう。

 

最初に、イシュー吟味のポイントが、2つのケースにおいて違うことを述べておきたい。

 

■「生き方」に関するイシューは、「理想の自分を、抽象度を上げて思い描く」ことによって設定する。

■「生産性」に関するイシューは、「パレートの法則」を応用することによって設定する。

 

まず、生き方に関するイシュー設定について見ていこう。理想の自分を思い描くことは、その最大にして最高の思考手段だ。生き方に関するイシュー設定は、全てここに帰結する。そして、理想の自分を思い描くのにこの上なく有効なのが、前述の「抽象度を上げる」ことなのである。

 

例えば、あなたが教育者だと仮定して考えてみよう。教育者として、次のような思いをもっているとしよう。

 

■学力を伸ばしてほしい。

■健康で過ごせるようになってほしい。

■家族や友達を大切にする人になってほしい。

 

このような子どもたちを育てられるかが、教育者としてのあなたの生き方が充実しているかどうかを測る材料になる。加えて言えば、「学力」「健康」「人間関係」の充実は、あなた自身が理想とする姿とも強くリンクするだろう。

 

ここで、すぐにできる対応のみに注目し、抽象度が低いイシューを設定してしまうとどうなるだろう。例えば、次のような課題を自分自身に設定してしまうかもしれない。

 

■多くの時間を投資して、徹底的に個別指導をする。

■詳細な健康チェックシートを毎日記入させ、保護者と連携する。

■家族や友人への手紙を書かせ、それをチェックして郵送する。

 

これらのイシューが「他人の課題」ではなく、「自分の課題」であることは、まず重要だ。前章で述べた通り、「他人の課題」を設定していては話にならない。

 

しかしながら、先に挙げたイシューを全て、長期間に渡ってこなすことができるだろうか。体力も時間も足りないはずだ。あなたが限界になったとしたら、そのシステムによって支えられていた学力・健康・コミュニケーション力は著しく低下するだろう。他の誰かがシステムを引き継いだとしても、その人が倒れてしまうだけだ。そもそも、このシステムが永久に子どもたちを守ってくれる訳ではない。人生のどこかの時点で、このシステムを失えば、子どもたちはどうして良いのか分からなくなってしまう。それでは、育てたい要素は1つも実現しない。イシューの吟味が全くできていなかったことで、むしろ最悪の結果がもたらされてしまうのだ。

 

おそらく、目的達成のために本当にすべきなのは、次のような取り組みだ。

 

■学力を伸ばす理論やメソッドを教え、子どもたち自身に実践させる。

■心身の健康について理解を深めさせ、子どもたち自身が保護者と共に健康意識を高めるようにする。

■良い人間関係について必要な科学的知識を教え、フィードバックさせる。

 

ここで注目してほしいのは、「抽象度の高い適切なイシューは、理想の自分の実現に直結し、その生産性・効果も圧倒的に高まる」ということだ。

 

そもそもの話だが、子どもたちと長く接する教育者こそ、「余裕をもって人生を楽しんでいる姿」を見せるべきであり、断じて「無理して頑張っている姿」を見せるべきではないだろう。余裕をもってこそ、健康で、勉強に励み、良好な人間関係を築ける。「なぜ」という質問を繰り返して、イシューの「次元(メタ度)」を上げることができていれば、まず自分自身の理想を叶えることができるのだ。実際、自他共に認められるような、生き方に関する素晴らしいイシュー(「強い目的」「生きがい」)をもつことができれば、次のような効果を生むことが証明されている。これは、一見信じられないほどの絶大な効果だ。

 

■生きがいをもたない人に比べて、(他要因の影響を考慮しても)死亡リスクが5分の1になる。

 

また、子どもたちに何もかもしてあげるより、理論について深く納得させ、実践を重ねさせた方が、最終的にはその子どもの利益になるだろう。考え方や実践の経験は、決して奪われることのない財産になる。もし、自分自身の理想の姿を体現する教育者が増えれば、教育職の魅力度も爆発的に上昇するし、そのような教育を受けた子どもたちが大人になれば、社会の幸福度も爆発的飛躍を見せるだろう。抽象度の高い適切なイシューの、とてつもなく広大な影響力の輪は、世代を越えて効果を生むことさえあるのだ。

 

「人生におけるイシューの吟味は、禁煙や禁酒、運動よりずっと大事だ」という研究者もいることを紹介して、生き方に関するイシュー設定についての話を終わりにする。

 

次に、生産性に関するイシュー設定について見ていこう。生産性に関するイシューを吟味するポイントは、「結果の80%は原因の20%が生み出している」という「パレートの法則」を応用することだ。

 

パレートの法則は、あらゆるものにおいて該当する。この法則は、「どの20%を生産性に関するイシューとするか」という見極めがあまりに重要であることを教えてくれる。生産性の高い方法は、20%の力で80%の成果を生み出すので「努力量の4倍の成果」であり、生産性の低い方法は、80%の力で20%の成果しか生み出せないので「努力量の4分の1の成果」である。そこには、実に15倍以上もの生産性の違いが生まれる。つまり、「20%を見極める」ために、私たちは知識と経験をフルに導入すべきなのだ。

 

だから、生き方に関するイシューの吟味がしっかりとできていれば、それがわずかな要素に思えたとしても、生産性に関するイシューの吟味は80%完了していると捉えられる。先ほどの教育者の例は、それを如実に示しているだろう。つまり、「生産性を高めるために必要なイシューは、理想の自分を抽象度高く思い描き、生き方に関する適切なイシューを設定すること」なのである。これは、ビジネスのみならず、学習、スポーツ、芸術、コミュニケーション、教育、リーダーシップなど、あらゆるテーマについて言えることだ。

 

まず生き方に関するイシュー設定から始め、その次に生産性に関するイシューを吟味することには、別のメリットがある。それは、理想の自分が、「○第一章 幸福のために(脳内物質への理解を深める)」で示した脳科学的幸福感や、「○第二章 幸福のために(ヒトとしてより良く生きる)」で示した生命体としてのパフォーマンス向上と、非常に強くリンクすることだ。健康や他者とのつながり、感謝といった要素は多くの人が理想に掲げるだろうが、これらの要素はそもそも、幸福感と生産性を大いに高める手段として機能することを思い出してほしい。

 

また、生き方に関するイシュー設定、生産性に関するイシュー設定に共通する、非常に重要な考え方についても述べておきたい。それは、そのイシューが、「何であり何でないか(どう在りたくてどう在りたくないか)」を明確に定義することだ。「何でないか」「何はやるべきでないか」が明確であれば、そのイシューはより鮮明で論理的になり、イシューに取り組む推進力は爆発的に増大する。あなたの責任・覚悟もずっと偉大になるだろう。

 

人生の時間は有限だ。幅広いものの見方・考え方を身につけるからこそ、それを練り合わせ、自分にとって最善のイシューを設定する能力も必要になる。イシュー設定に慣れてきたら、他者のためにも、このマインドセットやメソッドを使ってほしいと思う。

 

イシューを設定することの重要性について論を進めてきたが、そうは言っても、イシューの吟味を自分の行動に反映させることは、大きな勇気を伴う。なぜなら、イシューの吟味を自分の行動に反映させることは、自分が設定したイシュー以外のことに「ノー」と言うことだからだ。ヒトがチームワークで生存してきたことを考えれば、「ノー」と言いにくいのは当然のことでもある。最後に、イシューの吟味を実際の行動に反映させるための、勇気を喚起するような言葉を紹介しておく。これらの言葉が、あなたを後押しすることになれば嬉しく思う。

 

■人生はトレードオフである。

■「何を諦めるか?」ではなく、「何に全力を注ぐか」である。

■「ノー」と言って数分間気まずくなる方が、「イエス」と言って数ヶ月後悔するより良い。

■優秀な人ほど、「ノー」と言う勇気のある人を評価し、賞賛する。

 

 

 

○第五章 幸福のために(多彩なスキルを身につけ、パフォーマンスを上げる)

この章では、「○第三章 幸福のために(多様なマインドセットを身につけ、ものの見方・考え方を広げる)」と「○第四章 幸福のために(イシューを吟味する)」で述べたプロセスを土台として、その上に積み重ねられる多彩なスキルについて示していこう。「スキルを身につけることは常にイシューの吟味とセットである」ことは、常に意識してほしい。

 

「○第二章 幸福のために(ヒトとしてより良く生きる)」の章において、「ヒトとして」という視点をもてば、パフォーマンスは向上し、影響力が広がり、得られる幸福感もずっと大きくなると述べた。今度は「人として」という視点に立ち、多彩なスキルを理解して身につけよう。そうすることで、さらなるパフォーマンス向上、さらなる影響力拡大、さらなる幸福感増大がもたらされるはずだ。

 

【努力・モチベーションについて】

「努力」という要素は、学習でも趣味でも仕事でも、あらゆる分野において、成長するために最も重要なものの1つだ。ここでは、努力の具体的なメソッドについて示していこう。

 

努力に関するメソッドは多く存在するが、重要なのは、努力が知識や技能として自分自身に定着することだ。「○第一章 幸福のために(脳内物質への理解を深める)」で述べたドーパミンのシステムを理解することは、努力の効果を圧倒的に高める。また、努力の成果は、睡眠とも関係が深い。例えば、学習を頑張った後に、娯楽で大量の情報を脳に流し込むのは非常に良くない。頑張ったのなら、自分自身を褒めてすぐに睡眠をとるべきだ。「起床後3時間」での努力が、コンディションが悪い場合の数十倍の成果を生むことも証明されている。

 

再三述べているが、努力においてもイシューの吟味は非常に重要である。手段が目的化してしまわないよう意識したり、「パレートの法則」で注力する要素を吟味したりすることは、やはり最優先事項だ。「『(1,000,000人に1人)の存在』になるより、『(100人に1人の能力)×(100人に1人の能力)×(100人に1人の能力)=(1,000,000人に1人)の存在』を目指す」という考え方も有効だろう。

 

モチベーションについての補足をしておこう。モチベーションには、報酬獲得や処罰回避のために努力する「外発的モチベーション」と、根源的欲求のために努力する「内発的モチベーション」がある。外発的モチベーションの場合は、モチベーションそのものを他者に託すことになり、生産性は大きく下がる。これに対して内発的モチベーションの場合は、粘り強い継続的努力と創意工夫が生まれ、結果的に生産性を大きく上げやすい傾向にある。

 

内発的モチベーションを創出するための最高のメソッドは、理想(欲望)を、実現後の自分や周囲の反応というストーリーまで強く思い描き、五感に訴えた上で「未来記憶」とし、その未来記憶と現実との差を埋めようとする「ギャップ・モチベーション」である。ギャップを感じた場合、脳は勝手にモチベーションを上げようとすることが、数々のデータで証明されている。心ではなく脳に対して、直接モチベーション発動を訴えかけるのだ。ギャップ・モチベーション発動以降の努力には、成功体験と失敗体験が大きく関与する。様々な経験をもつ人ほど、より質の高い努力と成果、さらなるモチベーションの上昇という、極上の成長サイクルに入ることができる。

 

最後に、モチベーションに関する注意点を述べておきたい。それは、成果を出す人ほど、「外発的モチベーション」に依存してしまうという事実だ。例えば、ビジネスで王道の「SMART目標(目標の数値化)」は、ともすれば外発的要因に全モチベーションを向けてしまうことにつながる。結果にこだわり過ぎると、他者の求める結果が出そうなものにしか取り組まなくなってしまう。だから、「自分の成長につながるか」「自己実現になるか」「他者や集団の幸福につながるか」といった内発的要因に立ち返り、理想の自分・生き方に関するイシューを思い返すための、明確なフィードバック・システムを確立しておくと良いだろう。

 

 

【習慣化について】

「今の自分は過去の習慣の結果であり、未来の自分は今からの習慣の結果である」という言葉がある。一過性のやる気や努力よりも、「習慣」というシステムの方がずっと大切だ。実際、「努力できる人」ほど、努力を苦にはしていない。努力できる人は、自分に期待せず、やる気を待たず、その時間になれば粛々とタスクに取りかかる。つまり、あくまで「システムに従っている」のであり、一過性のハイ・モチベーションに行動を左右されてはいない。

 

また、物事に取りかかりさえすれば、「作業興奮」という作用が出て、パフォーマンスが高まることも証明されている。だから、何かを習慣にしたければ、「システム化」が何より大切なのだ。極論、「やる気」とは、システム化すらできない人が言い逃れるための方便である。

 

習慣化について、有効なメソッドを見てみよう。何かを習慣にしたければ、その習慣を手にすることで実現する欲望を明確にした上で、すでに習慣となっているものをトリガーにすると良いと言われている。定着させたい新たな習慣の前に実行するルーティーンとして、現在の習慣を利用するのだ。「Xならば(詳細な)Y」と決めておく「if-thenプランニング」が、爆発的効果を生む最強メソッドであることは、脳科学的にも証明されている。習慣化は3倍も実現しやすくなるというのだ。

 

習慣化がうまく軌道に乗れば、その効果を3週間程度で実感できるだろう。また、最初は習慣の達成条件を緩いものに設定しておくことや、他者を巻き込んでシステム化することも、非常に有効である。習慣化に関する知識そのものが、習慣化に大きく貢献するのは言うまでもない。

 

ヒトは「ホメオスタシス(「現状維持バイアス」)」という生命体のシステムにより、変化を嫌い、安定を好む性質をもつ。このシステムは、ヒトの体温や血圧といった身体内部の状況や、精神性を一定に保つための重要なプログラムである。したがって、ヒトはそもそも生命体的として、現在の習慣をなかなか変えることができないのだ。ヒトが1日に消費するエネルギーの25%は脳に集中しており、脳は省エネのために新たな習慣の確立を嫌う。生命維持に関する欲求以外は、まずシャットアウトされてしまうのだ。

 

裏を返せば、良い習慣を確立できれば、逆にサボるのが難しいということでもある。脳科学的には、習慣化にかかる日数は「66日」だという。66日という小さな目標ができればドーパミンの効果も得やすい。このキーワードを意識することで、習慣化がすっと実現しやすくなるはずだ。

 

 

【学習について】

私たちヒトのDNAには、生命体の成長や進化に関する重要な情報が、数多く刻み込まれている。しかしDNAのメモリは、私たちの脳のメモリよりも格段に少ない。1000分の1という試算もあるほどだ。そのため、脳内にある情報全てをDNAにインストールしておくことはできない。

 

だからヒトは、自身が受け継いだDNAの情報に加えて、さらに新たな情報を獲得し、自分自身で知識や技術を身につける必要があった。「DNAで全情報を受け継げば良いのに」と思うかもしれないが、その場合、環境の急速な変化があれば、その種は簡単に絶滅してしまう。どのような環境変化が起こっても大丈夫なように、「変化する余地」を大きく残しておく方が、種の生存・繁栄には有利だったのだ。この進化論的ファクトから理解できるように、学んで変化することこそ、生物の最強の能力なのである。「生きることは学ぶこと」だとも言えよう。だから人生において、学びの生産性を上げることは、あまりに大切な要素なのだ。

 

「生きることは学ぶこと」という内容について、詳しく見てみよう。ヒトは学ぶことによって、知能が大きく向上する。知能とは、広義には「適応力」を指すが、この知能は8歳頃までに一旦完成を迎える。環境への適応として必要な要素は、なるべく早い段階で完成した方が好都合だからだ。しかし、脳の最重要部位とも言える前頭前野の発達は、30歳頃まで続くという。このファクトは、ヒトにとって学びが、生命体のメカニズムに強く結びついている証明と言えよう。実際、次のようなデータも存在する。

 

■知能がヒトにとって大事な要素だからこそ、(ある程度)遺伝する。

■知能が高いほど身体的魅力が高い。

■知能が高いほど疾病リスクや事故の危険を回避できる。(実際に交通事故に遭う可能性が3分の1になるという。)

■知能が高いほどトラブルを起こしにくいし、トラブルに巻き込まれにくい。

 

優秀な人ほど「金銭」「人脈」「健康」「時間」を非常に大切にするというが、知能が上がれば4つの資産はどれも飛躍的に増え、結果として幸福感は爆発的に上がるだろう。やはり、学んで知能を高めることは、全人類にとって非常に重要な要素だ。

 

それでは、学習の生産性を高める理論やメソッドを見ていこう。くどいようだが、学習の生産性向上においても、イシューは非常に重要だ。「どのような学習が効果的か」「ダメな学習法はどのようなものか」「それらの学習法の理論はどのようなものなのか」などの科学的な理解があってこそ、本当に学習の生産性を上げることができる。

 

まずは、学習の理論について確認していこう。ヒトの記憶には、大きく分けて「短期記憶」と「長期記憶」の2つがある。ヒトの「ワーキングメモリ(情報を一時的に記憶しておく能力)」で保持された情報(短期記憶)は、脳の「海馬」が長期的に保持した方が良いと判断した場合に、長期記憶として形成される。その基準は、「(ヒトとして)生存・繁栄に有利であるかどうか」だ。したがって、学習の最大のポイントは、「海馬に重要な情報だと判断させられるか」である。

 

しかしながら、「この生物は危険」「火は危ない」「この植物は食べられる」といった情報と違って、学習で得られる情報は、生命維持に直結するものでない場合が多い。だから学習者は、理論に基づいたテクニカルなメソッドを使って、学習の生産性を高めなければならない。

 

では、学習したことを長期記憶として定着させるメソッドについて、詳しく見てみよう。

 

まずは、短期記憶を担うワーキングメモリについてだ。長期記憶への定着によって、内容を本当の意味で学んだことになるわけだが、そもそも情報をしっかりと脳に入れないことには、記憶化のスタートすら切れない。だから、ワーキングメモリに関して深く理解した上で、そのパフォーマンスを高めることが大切なのだ。

 

ヒトが自分の顕在意識下における情報は、最大でも5つだと言われている。ヒトのワーキングメモリは非常に小さいし、努力で増えるものでもない。しかし、ワーキングメモリに限界があると理解できれば、それだけで生産性はかなり高まる。ワーキングメモリは誰にとっても小さく、限界があり、増えるものでもない。そこをまずは理解し、「覚えられなくて当たり前」と捉えよう。それだけで脳にかかるストレスが大きく減少し、ポジティブ・シンキングによって、パフォーマンスを上げることができるのだ。

 

次に、長期記憶化のポイントについてだ。ここでのキーワードは「想起」だ。先ほど、「海馬に重要な情報だと判断させられるか」が学習の最大のポイントだと述べたが、何度も脳に同じ情報が送られれば、海馬はその重要性を認識してくれる。だから、正しい理論に裏づけられた「復習」を実践していくことが、学習における最重要事項なのだ。

 

「エビングハウスの忘却曲線」から導かれるデータによると、復習のタイミングは翌日、3日後、7日後、21日後、30日後、45日後、60日後が良いとされている。3日後の復習時点では覚えた内容を半分以上忘れているが、60日後の復習時点には内容の9割以上を覚えているという。長いスパンで想起を繰り返すことは驚くほど有効である。「計画的」に復習することが、最良なのだ。

 

復習の際は特に、テストを有効活用するのが望ましい。テストを活用すれば、自分の力だけで記憶を取り出す「リトリーバル学習」につながり、長期記憶への定着率は(3倍以上高まるとするデータもあるほどに)向上する。また驚くべきことに、想起しなかった内容の記憶もより定着するのだ。だから、「今日のまとめより、明日の復習」である。また、リトリーバル学習は、生涯学習の分野でも非常に有効だ。「若い頃には覚えていたけれど、それ以来忘れてしまった」と思えるのなら、脳科学的には大きなチャンスなのである。

 

この長期記憶について、さらに深掘りしてみよう。長期記憶には「エピソード記憶」と「意味記憶」があり、エピソード記憶として記憶された経験が、意味記憶という概念となっていく。感情が大きく動くエピソード記憶はそのまま保持されるわけだが、学習の場合は、学んだ内容を「いつ」「どこで」「誰から」学んだかまでは覚えていないことが多い。無駄な情報を省き、意味記憶として脳に定着させた方が、種の生存・繁栄に有利だったわけだ。考えてみれば、概念として伝えた方が、重要な情報の伝承も圧倒的に効率的である。

 

意味記憶化に関しては、私たちの睡眠が重要な役割をもっている。海馬に記憶されたエピソード記憶のうち、特に生きるために有効と判断された情報は、睡眠中に脳の様々な部分で再放映される。このシステムの中で、エピソード記憶は意味記憶へと形を変えるのだ。睡眠と長期記憶の関係については多くの研究があるが、まず何より、質の良い睡眠を意識することが最も大切である。

 

ここまで、「短期記憶」と「長期記憶」、長期記憶における「エピソード記憶」と「意味記憶」、ポイントとなる「想起」について解説してきた。他の具体的な学習方法についても、そのメソッドをピックアップしてみよう。

 

■「ツァイガルニク効果」によると、中途半端なところでストップされた情報こそ想起しやすいという。ドラマなどの続きが気になるのは、この影響によるところが大きい。

 

■スキル会得や課題解決の学習のために集中を続けていると、「レミニセンス効果」により、睡眠中に海馬が働き、スキルを身につけたり課題を解決したりすることがある。

 

■日記を用いたジャーナリングは、脳にもメンタルケアにも良いことが証明されている。学習のフィードバックとしても理にかなう。

 

■定位置のシュートを何度も練習するより、定位置より少し短い距離と少し長い距離のシュートを反復練習(位置学習)する方が、定位置のシュートの成功率を上げるという。学習においても、幅広い分野やレベルを網羅する方が効率的である。

 

■「絶対合っている」から「間違っていたんだ!」となるような経験は、記憶定着を大幅に向上させる。確信ある仮説が外れた場合、報酬系のドーパミンが大きく活性化し、ニューロン回路のアップデートも起きる。(「ハイパー修正効果」)

 

これまで述べてきたように、脳科学・心理学・生物学など、学習に関するあらゆる理解を得ておくことで、適切なイシュー設定も可能になり、学習効率は爆発的に向上する。ただし、上記の理論・メソッドはあくまで一般論であり、学習者によって最適なメソッドは異なる。「自分により合った学習はどのようなものか」を吟味することも、イシュー設定において非常に大切なファクターだ。

 

つまり、メタ認知をすることが、学習でも大いなる効果を破棄するということだ。学習効果には知性や才能が10%関与するが、メタ認知能力は17%以上も関与するという。ちなみに、イシュー設定を間違えた学習者ほど、自分の学習法に自信をもちやすい(「ダニング・クルーガー効果」や、その最高峰である「マウント・ステューピッド」)ことや、未熟な学習者ほど自信満々な相手に感銘を受けてしまう(「グル効果」)ことも証明されている。あらゆる学問から学び、あらゆる経験をし、あらゆるフィードバックをもらって「自分を知る」メタ認知は、学習においてもやはり核になってくるのである。

 

 

【仕事・生産性について】

再三再四述べているが、ここでもイシューはあまりにも大切な要素だ。当たり前のことだが、「仕事は『やらない』が一番早い」「戦わなければ絶対に負けない」のであり、多くの仕事を引き受けて何とかさばく人を、「仕事ができる人」とは呼ばない。「より少なく、しかし、より良く」というのを基本スタンスとするのが良いだろう。

 

自分の仕事の適性やスキル、ビジョンを理解し、「やらないことリスト」を作成し、リストに記載された依頼はきっぱりと断る。「やらないことを決める」ということ自体をやらないと、多くの人は「あれもこれも」となって、結局は挫折してしまうのだ。何をやるかだけではなく、何をやらないかという選択にもプライドをもとう。イエスマンでは絶対にダメだ。人生を振り返って、「自分に正直に生きるより、何もかも引き受けさせられる人生が良かったなあ」と後悔することがあろうか。全体にないだろう。常に、「手放せば始まる」という真実を思い出そう。

 

イシューの吟味を前提とした上で、実行のメソッドとして特に生産性への貢献を果たすのは、「先手必勝」である。仕事においては「後でやる」という選択を極力避けたい。後回しは、実は予想よりずっと生産性のない行為である。なぜなら、「後で思い出す」「後からモチベーションを高める」という新たなタスクを自ら設定してしまうからだ。仕事において「Play Fast」は鉄則なのだ。

 

与えられた時間が長いと、人は時間をダラダラ使う傾向がある(「パーキンソン効果」)ことや、多くの人がラストスパート信者であること、ギリギリの仕事で誤った達成感を得てしまうことなどについて知っていれば、タスクに早めに取りかかり、イシューをより吟味することもできる。

 

最後に、25分を1単位にして仕事をし、5分の休憩を挟む「ポモドーロ・テクニック」では、「初頭効果」と「親近効果」がかけ合わされ、生産性が大幅に飛躍するということを補足しておく。

 

 

【集中力・判断力について】

集中力に関して述べておこう。驚くことに、ヒトはもともと、集中するようにできてはいない。1つの事象に集中せず、多方向に意識を向けた方が、種の生存・繁栄に有利だったからだ。自分や子どもの危険に気づくための能力とは、集中しないことだったのである。裏を返せば、多方向に意識を向ける必要がない環境では、1つのことに集中しても危険がない。環境を整えることは集中へのキーワードになる。自分の集中力の高まりに期待するより、科学的に集中できる環境を整えることに注力しよう。ちなみに、集中力の低下を感じた際は、課題の難易度を落とすのではなく上げることで、集中力を再活性化させる可能性が高まるという。

  

判断力についても言及する。判断力への理解を深めるためには、脳の2つの回路を知っておく必要がある。「Xシステム」と「Cシステム」である。Xシステムは直観的判断を担当し、Cシステムは論理的判断を担当する。成果を出す人は、Cシステムの論理的思考に優れている。最も成功した実験である「マシュマロ・テスト」は、子どもの前にマシュマロを置き、15分我慢できたらもう1つマシュマロがもらえるというルールの実験であり、「マシュマロを我慢できた子どもは、将来の幸福度や成功で優位だった」というデータを導いたが、マシュマロを我慢できた子どもは、マシュマロを意識しない工夫をしていた子どもであったという。つまり、集中力の性質を、逆に利用していたということだ。

 

大事なのは、集中力も判断力も、睡眠不足で著しく働きが低下するということだ。睡眠の質が悪ければ、自分の集中力や判断力が激しく落ち込んでいることにも気づけないのである。

 

 

【競争・戦略について】

「兵法の聖書」として誕生し、時を越えて「経営の聖書」とまで言われる名著には、「愚かな戦略が血の滲むような努力を無に帰す」ことがありありと書かれている。この名著で繰り返し述べられるのは、「勝てる戦いの見極めが重要で、勝てない戦いは決してしない」ことの大切さだ。恐縮なほど繰り返すが、つまり、イシュー吟味の大切さである。実際の戦いにおいても、ビジネスにおいても、最強の能力はイシューの吟味(見極め)だということが、どこまでも真理なのだ。

 

しかしながら、実際にライバルと対峙し、戦わなければならないこともあるだろう。そうは言っても、まず意識すべきは相手を圧倒することではない。どんな規模の戦いでも、「相手を傷つけずに勝つのが最善中の最善」である。もっと狡猾な表現をすれば、「最小限の努力で成功するのが最善中の最善」なのだ。こちらが優勢だと思われる場合でも、自分たちがダメージを負う可能性は0ではない。できるならば、自分の盤石さを見せたり、ライバルのメリットを消したりして、相手に「戦わない」というイシュー設定をさせたいところだ。

 

それでも戦わなければならないとしたら、戦うしかない。勝負に出るしかない。この際に最も重視することは、「徹底した準備」であり、「スピーディーな実行」である。弓矢を限界まで引き、一気に発射するようなイメージだ。「勝者が勝利を作るのではなく、敗者から勝利がプレゼントされる」「敗者は戦いの中で勝とうと努力するが、勝者は負けが決まっている敵に対して容易く勝利する」という言葉がある。ライバルに負けない態勢を形成することに全力を傾け、こちらの情報は決して与えず、場合によっては謙虚さや誠実さを見せて油断させ、勝つチャンスを辛抱強く待つのが最も有効な手段だ。

 

もし相手がトラブルを起こしたり、弱点を見せたりしたら、マインドフルネスでアクションを起こし、勝利を手にするのだ。「知り難きこと陰のごとく、動くこと雷震のごとし」そのものである。その勝利は、「映画化されても面白くない勝ち方」であり、派手なファインプレーでもないだろう。しかし、実際の勝負、ビジネスでは、このような戦略こそが最強なのである。なお、当然だが、もう負けを認めているライバルに対してさらに攻撃を加えてはならない。「窮鼠猫を噛む」と言われるように、思いがけないダメージを負う可能性があるし、「ライバルと協力する」という素晴らし過ぎる可能性を、自ら消し去ることになるからだ。

 

最後に、このような戦略の話で決まって強調される要素について述べておきたい。「無形の境地」「水になれ」という言葉で象徴される内容だ。つまり、「適応力」を磨くことの大切さである。水のように、時代や価値観に応じて自分を変えていく能力は、言うまでもなく最強の能力だ。実際、環境に適応できる種族しか、地球では生き残れていない。人間によるライバルとの争いに関しても、全くもって同じことが言えるのだ。

 

 

【創造性について】

1日に人間は60,000回思考し、最大35,000回決断すると言われている。その割合は、顕在意識が3%(1%以下とも)で、潜在意識が97%(99%以上とも)である。顕在意識とは、氷山の一角(の一角)なのだ。驚くことに、この潜在意識では、非常に多くのタスクを、見事なまでに同時進行で処理することが可能になる。急にアイディアが舞い降りる体験をしたことがある人も多いと思うが、それは潜在意識でずっと思考を続けていたからなのだ。

 

では、潜在意識の思考を顕在意識に表面化させるためには、どうすれば良いのだろうか。具体的には、セロトニンの分泌を促すような行動が、そのポイントになり得る。

 

リラックスしている場所・状態次第で創造性が高まり、アイディアは出やすくなるという。実際に、バス・ベッド・バスルーム・バーの「4B」という定義もある。日中に行う会議やデスクワークが創造性を高めるとは限らない。行き詰まったら、思い切って立って、自然の中を歩いてみると良い。自分でも予想外のアイディアが湧いてくるかもしれない。

 

オキシトシンの分泌を促すような行動も、創造性の発揮には有効だ。具体的なグループワークについて見てみよう。

 

例えば、ブレインストーミングで創造性の発揮を目指す場合は、まず「奇想天外な意見」「ある意味バカな意見」を楽しみながら多く出し、思考の面積を広げることが大切である。集団のアイディアは、その面積の中に存在する。このプロセスがラテラルシンキング(創造的な水平思考)を生むのだ。例えば、次のようなアイディアは、ザ・ラテラルシンキングと言える。

 

■フルーツを均等分配する際にジュース化する。

■通信ツール開発においてボタンを取り払う。

■極寒地域での食品保存に冷蔵庫を用いる。

■コップに入った半分の水を見て、「濃い水割りを作れる」と捉える。

 

ヒトという種族の繁栄のためには、常人とかけ離れた奇想天外な言動をする者(広義の「サイコパス」)の存在が有利に働いたのだろう。

 

また、脳が認識する情報は、実際に起こっている現象の0.004%だという研究結果があることにも注目してほしい。脳には、「RAS」という情報を必要・不必要に仕分けする機能がある。現在の自分に関係する情報以外は、このRASによって、脳に到達しなくなってしまうのだ。自分やパートナーの妊娠によって、他の妊婦に気づきやすくなる人がいるが、これはRASが必要な情報として認識回路をアップデートした結果(「カラーバス効果」)である。だから、新たに注目するものを意図的に決めてみたり、普段と全く違う環境に身を置いてみたりすれば、残り99.996%の情報から、爆発的なインスピレーションを得られ、創造性が大いに高まるかもしれない。

 

 

 

○第六章 幸福のために(コミュニケーション・スキルを身につけ、素晴らしい人間関係を目指す)

驚くほど長期かつ広域な研究によって、人間の幸福や健康に直接的に関係するのは、「素晴らしい人間関係」だけだと証明されている。それは、次のようなデータからも明らかである。

 

■社会的つながりがほとんどない人は、しっかりとした社会的つながりをもつ人に比べて、重症の鬱になる可能性が3倍も高い。

■心臓発作を起こした人は、その後半年で感情面のサポートを得られれば、生存率が3倍高い。

■特定のがんになった人が支援グループに参加すると、手術後の寿命が2倍になる。

■ビジネスの技術や知識は収入増加の15%の要因でしかなく、残り85%の要因はコミュニケーション能力である。

 

他者との素晴らしい人間関係を構築できれば、オキシトシンによる幸福感も大きく増えるし、何より感謝に伴うエンドルフィンの分泌は爆発的飛躍を見せるだろう。したがって、素晴らしい人間関係を構築するための理論やメソッドを、人生における最重要イシューの1つと捉えて考察していきたい。

 

【より良いコミュニケーションのための基本的なマインドセット・メソッドについて】

まずは、より良いコミュニケーションのための、基本的なマインドセットとメソッドを見てみよう。重要なのは、次の通りだ。

 

■承認すること。

■与えること。

■相手の視点に立つこと。

 

まず、「承認すること」について見ていこう。「誰かに認められたい」という承認欲求は、ヒトの最大の欲求と言える。「1つの承認で3ヶ月生きられる」「優しい言葉1つで冬中暖かい」という名言もあるほどだ。だから、ポジティブな要素を見つけて承認することこそ、コミュニケーションにおける最強・最高のメソッドであり、他者から最大のパワーを引き出すプロセスである。コミュニケーション関する至高の名著において、1章は「まず褒める」、6章は「わずかなことでも褒める」である。褒める・褒められるという言動が幸福感につながる理論は、「○第一章 幸福のために(脳内物質への理解を深める)」で述べた通りだ。

 

褒め方について具体的に見てみよう。褒める際には、「具体的に」「理由までつけて」「行動そのものを」「できれば存在そのものを」褒める意識をもつと良い。褒められた相手は、褒められた内容と自分の行動を一致させようとするため、小さなことでも褒められれば、行動の変容が発生する。心理学で言う「認知的不協和」とは、自分の考えと行動の矛盾に不快感を覚えることだが、人は自然と、褒められる自分を維持するために行動を変化させ、矛盾による不快感を解消しようとするのだ。

 

多くの人は相手を承認していると思っているが、意外と相手は承認が足りないと思っている。だからこそ、傾聴力と洞察力をフルに発揮した「真の承認」ができる人(リーダー)は、本当に貴重で大きな影響力をもつ。素晴らしい承認により、承認の言葉によってモチベーションが高まる「エンハンシング効果」に加え、他者からの期待を感じることでパフォーマンスが飛躍する「ピグマリオン効果」と、他者からの関心を感じることでパフォーマンスが飛躍する「ホーソン効果」が同時にもたらされ、そこに爆発的かけ合わせ効果が生まれるのだ。細かなことに気を配り、ハイレベルの承認を意識しよう。ちなみに、承認が全く得られなければ、人のパフォーマンスが低下してしまう「ゴーレム効果」も証明されている。あなたの承認の有無によって、チームのパフォーマンスと成果に、天上と地下最深部ほどの差が生まれるのである。

 

次に、「与えること」を見てみよう。人のタイプには「ギバー(与える人)」「テイカー(奪う人)」「マッチャー(バランスを取る人)」があり、最も成功しやすいのはギバーであるという。ビジネスパーソンを対象にした研究によると、ギバーはマッチャーより30%、テイカーより70%売上高が多いという。「マッチャーとテイカーがビジネスパーソンの70%を占めるにも関わらず、トップ販売員の半分はギバーである」という事実は非常に衝撃的だ。

 

ギバーは成功しやすいと言われるが、与えるという行動に自己犠牲が伴うと本末転倒である。自己犠牲ではなく他者志向性をもち、与えられる者と与える者の双方が利益を獲得できる場合(「WIN-WIN」)や、そこに新たな価値が創出される場合に、思い切って与えると良いはずだ。特に、「新たな価値が増える」という場合は、自分のプライドや信念、評判よりも、ギブを意識するべきだろう。

 

最後に、「相手の視点に立つこと」について述べておきたい。具体的には、「相手の関心に関心をもつこと」「相手の大切なものを大切にすること」「常に相手に価値があると感じさせること」「心から相手の幸せを願うこと」である。人は誰しも、「自分や自分のものを理解されたい(大切にされたい)」という根源的な性質をもつ。自分のことを理解されたい(大切にされたい)なら、まずは相手を理解する(大切にする)ように努めよう。「私ならこう思う」ではなく、「相手はこう思うのではないか」と相手を主語にして、相手の立場に立ち、自分のものの見方・考え方をシフトすることが大切だ。相手の視点に立つことは、コミュニケーションの核心そのものである。

 

強く関心をもてば、多忙な人からも注目や時間、協力が得られる。「自分のビジネスに関心を寄せていた10年間より、クライアントの問題に強い関心を寄せた2時間の方が成果を上げた」というエピソードも頻繁に聞かれる。相手の視点から誠実に物事を見ることができれば、相手の望むことが分かるだろう。「自分が話したいことを話す」のではなく、「聞き手が聞きたいことを話す」ことができるようになるはずだ。また、人が最も関心をもつのは自分の名前であり、それこそ最も甘美で大切な音であること(「ネーム・レター効果」)は大切な要素だ。人は自分の苦労話に関心をもってほしいし、語りたいもの(自分が語りたい内容だからこそ、その内容を相手に質問する。)だという気づきも重要である。聞く場合でさえ、他人の失敗談にはかなり興味をもつのだから。

 

3つのポイントについて、「マインドセットと有効なメソッドは分かったが、心からそれを実行できるのか」と疑問をもつ人もいるだろう。しかし、心配は不要だ。最初は心がついていかなくて葛藤を覚えても、実行するにつれて、親身さが自然とにじみ出てくる。行動をコントロールして、意志を間接的にコントロールするのである。

 

3つのポイントを総合的に網羅する揺るぎなき要素は、「いつでもどこでも、己の欲するところを人に施せ」という黄金律(数多くの哲学・心理学・宗教や思想で見出されている言明)なのだ。

 

 

【より良いコミュニケーションのための脳科学・心理学・生物学的な知識について】

ヒトのみならず生命体のほとんどは、生存戦略のため、脳のエネルギーを節約するように進化している。目の前の事象1つ1つに対して熟考して総合的判断をしていては、脳の負荷が莫大になるし、利益が遠ざかり、損失を生んでしまう場面も多くなる。そのためヒトは、「この状況ではこう反応する」という自動行動パターンを獲得した。それが、「返報性の原理」、「一貫性の原理」、「社会的証明の原理」、「好意の原理」、「権威の原理」、「希少性の原理」という6つである。

 

これらの原理への科学的な深い理解は、コミュニケーションの際の確信度を大きく高める。自分の言葉や表現方法に裏づけが伴うと分かっていれば、プラシーボ効果も発生し、表現そのものの効果も圧倒的に飛躍するだろう。

 

1番目に挙げた「返報性の原理」とは、「もらったものに対してお返しをしたくなる」という心理だ。これについては、全ての人が実感をもつと言っても過言ではないだろう。プレゼントや無料キャンペーンなど、「タダより高いものはない」ことは分かっているのだが、返報性のトラップにはまる人は多い。この返報性を理解し、有効に活用することこそが、史上最強のコミュニケーション・メソッドと言っても全く差し支えない。これも多くの実感を得るだろうが、返報性は「望まぬ厚意に対しても」「好き嫌い・善悪をも軽く越えて」「より多く返そう」と機能する。それが、「大きな文化の違いがあっても」「遠く隔たった距離であっても」「自分が極限状態であっても」「自己利益を越えてでも」だ。率直に言って、恐ろしいほどの影響力を誇るのである。

 

「返報性の原理」を「ヒトとして」という視点から考察すれば、返報性がヒトの繁栄の大前提となっていることが分かる。ここまでヒトの社会が発展したのは、種の個体同士が協力し、知識とマインドセットを磨き、テクノロジーを飛躍させたからである。もしヒトが、自分のことだけ考え、他者と協力しない種であれば、現在の繁栄は決してあり得ないだろう。しかしながら、他者のために生きることだけでは、種の生存や繁栄は効率化しない。むしろ、そのような種はすぐに絶滅してしまうだろう。自分の生存と他者への親切が見事なまでに両立されて、今日の社会があるのだ。自分のことを考える(自分の生存確率を上げる)ことと、他者に親切にする(種の繁栄を目指す)ことは共存しないように思えるが、他者への親切に対して「脳科学的幸福感」が付与されていることと、返報性による個人及び集団からの「リターンへの期待」が見事にその共存を成し遂げる。また、恩返しをしないことで「恩知らず」というレッテルを貼られる恐怖も、返報性の実現を加速させるのだ。返報性は、ヒトという種に、本能として深く刻み込まれた心理プログラムなのである。

 

2番目に挙げた「一貫性の原理」とは、自分が決めたスタンスを維持したくなるという心理だ。「ここまで来たら引き下がれない」という感覚をもったことのある人は多いだろう。また、そのような感情に動かされ、後に引けなくなっている人を見たこともあるだろう。一貫性は、個人レベルの行動(言うことや書くこと)を伴うと強化され、周囲への宣言でさらに強化される。ここに本人の苦労がかけ合わされれば、さらに倍々的に一貫性が強化される。

 

「一貫性の原理」を「ヒトとして」という視点から考察した場合、一貫性の維持が社会的評価(誠実さ)につながっていることが分かるだろう。最初に宣言したことを宣言通りにやってくれる存在に対しては、誰しも信頼感をもちやすい。行動に矛盾ばかりがある人は、ヒトという種が発展した要素である「コミュニティ」に参加すらできない。一貫性をプログラムされていることは、種の存続の観点からも合理的なのだ。現代社会では自分の意見を変化させたり、誤りを素直に認めたりする方が効果的な部分も多いだろうが、多くの人は一貫性という種のプログラムに従ってしまう。だからこそ、素直さは貴重であり、広く賞賛されるのかもしれない。

 

3番目に挙げた「社会的証明の原理」とは、多数が支持するものや裏づけがあるものに対して、敏感に反応するという心理だ。「自分だけ損をしたくない」という言葉に象徴されるだろう。多くの他者が同じように実行していることがあったとすれば、それを同じように実行した方が、自分にかかる負荷は下がり、損失を出すリスクも減る。意志決定が必要なくなり、準備や新たなアイディアの創出も必要ない。加えて、自分が安心感を得ることにもつながる。ナンバーワンは、それだからナンバーワンであり続けるのだ。「自分で何かを買う人は5%で、残り95%は他人の真似をする人」と言われるのも納得だ。特に、自分があまり知らない分野や環境において、社会的証明はずっと強化される。この場合の同調圧力は破壊的だ。あからさまなサクラだとしても、社会的証明が強く作用することは特筆すべき事項であろう。

 

「社旗的証明の原理」を「ヒトとして」という視点で見ると、そのベネフィットが、意志決定エネルギーの節約と、「自分だけ損しないこと」の実現に尽きることが分かる。社会的証明を無視することは、自分で危険に突っ込み、四苦八苦するという選択そのものである。ヒトという種に限らず、効率の悪過ぎる生存戦略は採用しないのだ。

 

4番目に挙げた「好意の原理」とは、自分が好きなものに対して、敏感に反応するという心理だ。好意は様々な要素において発動する。顔やスタイルなどの身体的魅力、共通点があるという類似性を思い起こす人は多いだろう。「あなたが好きです」と言われれば、それがお世辞だと分かっていても、その相手を意識してしまう。これこそが好意の効果だ。また、接触頻度が高まると次第に好意をもってしまうという面もある。対象を好きでなくても、そのイメージキャラクターが好きであれば、商品にも好感をもちやすくなる連合効果も挙げられる。

 

「好意の原理」を「ヒトとして」という視点で見ると、意志決定コストの大幅削減というメリットが浮かんでくる。ヒトは多くの選択肢があると、逆に判断に迷ってしまい、集中力を欠き、損失を出す可能性が高まる。単に「好きだから」という直感で、思考停止状態のまま物事に取り組んだ方が楽であるし、生存確率も高まったのだ。好きな対象がヒトによって違うのは、様々なバリエーションを検証して、特に良いファクターを共有して種のベネフィットにしていくという、巧妙過ぎる生存戦略だと言えよう。

 

5番目に挙げた「権威の原理」とは、ある特定の地位にある人や専門家の意見に対して、敏感に反応するという心理だ。権威を示すようなファッションであったり、社会的な肩書きであったりといった要素に対応して、その人への信頼度が高まることは容易に想像できる。驚くことに人は、相手が権威をもっていると認識した場合、その人の身長を実際よりも高く知覚するという。また注目すべきは、権威こそが最も捏造しやすい要素であることだ。「ヒトとして」という観点について、その理論は社会的証明の原理・好意の原理と本質的に同様である。

 

6番目に挙げた「希少性の原理」とは、特別感のあるものや機会に対して、敏感に反応するという心理だ。ヒトは、「レアなものにはメリットがあるに違いない」と思いたいものである。モノにおいても、サービスにおいても、情報においても、数量限定や期間限定という要素は人々を強烈に魅了する。さらに言えば、新しい希少性は特に人々を誘惑する。「人気継続中」より「人気急上昇中」に引きつけられるのは想像できよう。またさらに、そこで競争が煽られたり、その希少性に関する情報すらも希少であったりすれば、かけ算的に希少性の効果は高まる。「現在人気急上昇中! 売り切れ必至のこの商品が○日まで○個限定で○割引!」というコピーから、私たちは逃れる術をもち合わせない。「ヒトとして」という観点で考察すれば、その理論が「自分だけ損をしたくない」という社会的証明の原理や好意の原理、獲得の末に得られる自分の権威など、各要因が複雑に絡み合って生まれるものであることが分かるだろう。

 

ここで、6つの破壊的原理に加えて、それら6つの要因が複合的に表出された認知バイアスについても、いくつかの代表例を示しておく。

 

バイアス

□都合の良い情報だけを正しいと思い込む「確証バイアス」

□結果を出している人に対して、その不可解な言動にも意味をつけて納得する「結果バイアス」

□異常な事態を正常と捉える「正常性バイアス」

□自分の所属集団が優れていると考える「内集団バイアス」

□自分の所属集団の成功は内的要因で、失敗は外的要因と考える「(強化)内集団バイアス」

□物事を両極端な2つの内容に分けて捉えてしまう「バイナリーバイアス」

□前述の各バイアス+不都合な事実の忘却・若さへのこだわりなどが複雑に絡み合った「過去美化バイアス(ポリアンナ効果)」

□全ての人々の行い(正義や悪徳)に対して、公正な結果が返ってくると思い込んでしまう「公正世界仮説」

 

思考

□多くの要素の中から、必要とする情報や重要度の高い情報のことを無意識に考える「カクテルパーティー効果」

□善悪問わず、仲間のしていること模倣して同様の結果を得ようと考える「ソーシャル・プルーフ」

□失敗が予想される場合に、言い訳になるような外的要因を準備して自尊心を保とうと考える「セルフ・ハンディキャッピング」

□大きな障害によって、逆に意地でも目的を達成しようと考える「ロミオとジュリエット効果」

□年長者が若者に多くを語ろうと考える「自己複製欲求」

□能力があるのに、自分の能力を過小評価してしまう「インポスター症候群」

□能力がないのに、自分の能力を過大評価してしまう「アームチェア・クォーターバック症候群」

□地位や名声に執着する「ファットキャット症候群」

□考えないようにしようと思えばしようと思うほど、当該事象のことを考えてしまう「皮肉なリバウンド効果」

□自分が気にしていることは、他者も気にしていると誤って考えてしてしまう「スポットライト効果」

□社会的意義の高い活動をしていると、多少非倫理的な行動をしても良いと考えてしまう「モラル信任効果」

□良いことをした反動で、自分を甘やかしても良いと考えてしまう「モラル・ライセンシング」

□他人には的確なアドバイスができるのに、自分のことに関しては適切に考えることができなくなってしまう「ソロモン王のパラドックス」

 

判断(印象)

□第一印象の1つが全体を捉える場合に、強烈な印象を与える「ハロー効果」

□最初の印象が違う印象で上書きされる場合に、強烈な印象を与える「ゲイン・ロス効果」

□短い映像や小さい音量であっても、見聞きした人に強烈な印象を与える「サブリミナル効果」

□誰にでも該当する内容なのに強烈な印象を与える「バーナム効果」

□噂話が直接のコミュニケーションより強烈な印象を与える「ウィンザー効果」

□2つ以上の物事を比較した際に差があると、その差が実際の差よりもずっと大きなものとして強烈な印象を与える「コントラスト効果」

□ある事象に対して、感情が最も高まった際の印象+最後の印象のみで、全体的な印象を判断してしまう「ピーク・エンドの法則」

□何度も同じ人やサービスに接触することで、警戒心が薄れて関心・好意などの印象を抱きやすくなる「ザイアンス効果」

□平均的な人のミスでは好感度が下がるのに、熟練した人のミスでは好感度が上がる「プラットフォール効果」

 

表現(意志決定)

□最初の設定や状況を変えない「デフォルト効果」

□適切な数の選択肢があると、その中から無理にでも選ぼうとする「決定回避の法則」

□複数のレベルの選択肢がある場合、真ん中の選択肢を選ぼうとする「松竹梅効果(極端性の回避)」

□自分が多く見聞きした情報や、アクセスしやすい情報を基準にして意志決定する「利用可能性ヒューリスティック」

□周囲の多数意見を判断材料にして意志決定する「バンドワゴン効果」

□周囲の多数意見と違った言動になるように意志決定する「スノッブ効果」

□事前に費やしたお金・労力・時間などが大きいほど、損失が生じると分かっていても、対象にさらなる投資を重ねるような意志決定をする「サンクコスト(コンコルド)効果」

□伝え方を工夫されることによって、対象への見方・考え方が変わり、意志決定の際に影響を受ける「フレーミング効果」

□事前に受けた刺激や情報によって、意志決定の際に無意識的な影響(アンカリング)を受ける「プライミング効果」

□当初は意見が左右されなくても、時間が経つと意志決定の際に影響を受ける「スリーパー効果」

□失うこと(得る喜びを10とした場合、それを失う悲しみは20〜30に感じられるという研究結果があるほど)に過剰反応してしまい、合理的判断ができなくなり、意志決定の際に大きな影響を受ける「プロスペクト理論」

 

ヒトの自動行動パターン6原理と、それぞれの認知バイアスについて理解をしておくことで、良好なコミュニケーションができたり、悪質なビジネスに引っかからなくなったりするだろう。ここで紹介した科学的知識は、たった1つでも絶大過ぎる影響力をもつ。「フット・イン・ザ・ドア・テクニック」や「ドア・イン・ザ・フェイス・テクニック(譲歩的要請法)」などに見られるように、自動行動パターンを組み合わせて相乗的に使われたならば、個人はおろかコミュニティや国家までもが、どこまでも超強大な影響を受けるのだ。

 

 

【トラブルを避けるために】

コミュニケーション上のトラブル回避に最も有効なメソッドは、「VSの位置」に注目することだ。「自分VS相手」になってしまえば、それは真っ向勝負を意味する。例え議論で打ち負かしたとしても、その後の関係性が良くなることなどないだろう。お互いの自己防衛と自己正当化、反発を生むだけであるし、トラブルが起きて、「だから言ったのに」と言われる未来が見えている。10回のうち9回の議論は、「自分こそ正しい」と双方が確信して終わるのである。「『相手を論理的に叩き潰すことに全く価値はない』という論理」をまずは理解しよう。

 

「自分&相手VS何か」となるような創意工夫をすることで、コミュニケーションはかなり円滑になり、トラブルが減るばかりか生産性も高まる。もしかしたら、敵だと思っていた相手との間に、予期せぬ爆発的なミックス・パワーが生まれ、問題を簡単に解決できるかもしれない。マインドセットが全く違う相手との協力・連携こそ、本当に偉大な効果を生む。「何か」に該当する要素は他者でも良いし、目標や課題であっても良いだろう。「イシュー設定」という課題ならば一石何鳥になるだろう。だから、「向き合う」のではなく、「隣で同じものを感じる」のだ。

 

いつまでも他人のことを気にして怒っているのも非常に良くない。「一瞬だけ幸福になりたいなら復讐し、永遠に幸福になりたいなら許す」である。怒りの感情のピークは、6秒の我慢で消えていく。激しい口論がいつまでも終わらないのは、それが6秒を待たない攻撃合戦であり、両者のボルテージは上がり続け、お互い引くに引けなくなるからだろう。

 

意見そのものと人格は切り離して捉え、敵になりそうな相手にこそ、自分から積極的に関係性を築いていくのが重要だ。なぜそう言えるかというと、「最高の味方とは、最初は敵だったが次第に味方になってくれた人」だからだ。これは、「(自分が)次第に味方になってくれた人を大切に思う」という心理面、「(お互いに)マイナス印象を上書きするためにより努力する」という行動面、「(相手が)かつてアンチだった理由を熟知しており、だからこそ、むしろ説得力をもつ影響者になり得る」という論理面を考えれば、深く納得できるであろう。

 

自分にとって口うるさい人や、サボり癖のある人に仕事をあえて任せ、認知的不協和の解消を起こさせ、有益に物事を進めることもできる。悪口を言う人からこそアドバイスをもらうと良いだろう。あえて自分から弱みを見せることで、「アンダードッグ効果」も期待できる。「自分のしたアドバイスを正解にしたい」ため、その人は悪口を言えなくなるし、強い人なら自分に有利な発言をしてくれる可能性も高くなる。反省を先に言われた相手は、寛大な態度を見せる以外に自尊心を満たせないものだ。

 

これも重要な要素だが、相手の状態や環境を考えてコミュニケーションすることも意識したい。私たちはフィジカル的にコンディションが悪い場合、メンタル的にも不安定な場合が多い。フィジカルが整っていない相手対しては、余裕のある方が、普段の倍以上のおおらかさで、普段の倍以上の優しさを向けてあげなくてはならない。

 

最後に、「自分を大切にすることで、他者からも大切にされる」ということも述べておきたい。すでに雑に扱われているものは、「雑に扱っても良いだろう」と認識されてしまう傾向にある。これを「割れ窓理論」と呼ぶが、より良いコミュニケーションをしたければ、まずは自分自身の幸福を追求するのが最も近道なのだ。発展的に言えば、目の前の小さな幸せを大切にすることが、「幸せを失いたくない」という気持ちにつながり、より良い世界、平和につながっていくのではないだろうか。

 

 

【アドバイスについて】

アドバイスという行為は、非常に有効なコミュニケーション及びパフォーマンスアップ・メソッドである。アドバイスをもらうと相手が好意をもってくれるし、アドバイスをあげると自分のモチベーションや行動力がアップする。顧客にアドバイスをもらいながら交渉を進めた場合、成約率が5倍になったという、信じられないようなデータも存在する。アドバイスをもらう際は、単に「助けてください」と表現するより、「手伝ってください」と表現する方が良いだろう。そうすれば、丸投げではなく、「一緒に頑張る」というニュアンスが感じられ、アドバイスをする側のモチベーションやパフォーマンスも上がるはずだ。

 

教育的アドバイスをする立場にある人も多いだろう。ここで重要なのは、「叱るなら行為」「褒めるなら人格」という原則である。人格に言及された場合、人はその内容を、アイデンティティとして行動に取り込みたくなる(取り込んでしまう)のだ。だから、特に強化したい長所については、「○○できるなんて○○だね!」と人格を褒めてあげるのがベターである。応用として、「不正しないでください」より「不正を働く人にならないでください」や、「飲んだら乗るな」より「酒気帯び危険ドライバーにはなるな」という伝え方の工夫も有効だろう。

 

さらに効果的なアドバイスを目指したければ、「自分の行動が周囲に与える影響」に言及するのがベストである。「どうすれば、お母さん(お父さん)や友達は喜ぶかな?」といったアドバイスは飛躍的な効果を生む。「あなたのために」より「あなたの周囲のために」と言われた方が変容しやすいのは、社会的な生物であるヒトの傾向そのものだからだ。

 

 

【リーダーシップについて】

リーダーの資質として人々が真っ先に挙げるのは「誠実さ」で、その回答数は2位の「コミュニケーション能力」の2倍以上である。失敗するリーダーの実に90%は、人格に問題があるという。

 

誠実さの要素として最も大きなものは、「嘘をつかない」ことだ。1つの小さな嘘をつくと、その嘘を守るために、さらなる嘘をつかざるを得ない。結果として、自分の行動は嘘だらけになってしまうのである。これは、何よりリーダー自身のためにならない。「倫理観の低下によって、その人の幸福感は著しく低下する」ことが証明されているのだ。

 

また、自分自身が本当にやりたいことを我慢して、他人のことを過剰に優先し続けるのも、(自分に対する)嘘と言えるだろう。それは、自分に対して本当に失礼だ。自分に対する大嘘つきである。リーダーこそ、他人を慮りながらも、自分の幸福に対して情熱を傾けるべきだと言えよう。

 

自分自身が幸福を追求することによって波及する影響力(影響する人数)は、少なく見積もって1000人であるという。「ミラー・ニューロン」という私たちが有するシステムによって、幸福感も伝染していく。もしリーダーの立場であれば、その効果はさらに何倍にもなる。リーダーシップを発揮する立場にある人こそ、倫理観を強くもち、自分にも他者にも誠実な態度で、幸福を追求すべきなのだ。その姿を見せることこそ、真のリーダーシップなのではないだろうか。

 

最後に、リーダーシップに関するいくつかの言葉を紹介して、この項を閉じることにする。

 

■相手に成長してほしかったら、まず自分が学べ。成長しろ。可能性を広げろ。語るだけではなく、誰よりも行動しろ。

■リーダーシップは、サイエンスではなくアートである。

■真のリーダーシップとは、従わない自由があるにも関わらず、人々がついてくることだ。

■何を言うかより何をするかの方が大きなインパクトをもつ。リーダー。

■リーダーは、相手の価値と可能性を明確に伝え、相手自身が見えるようにする。

■仲間が失敗した際に、「この失敗をしたのが自分だとしたら、どう言ってもらえたら今回の失敗から学び、また挑戦したいと思えるか。」と熟考した上で声かけをするのが、真のリーダーである。

■アドバイスする際も、あくまで、「自分はこう思う(感じる)」という「アイ・メッセージ」で話せ。

■才能を見つけることから始めてはダメだ。優秀なリーダーは、可能性の片鱗など待ちもしない。

■成功したら窓の外を眺め、失敗したら鏡を見つめろ。

■真に負けるとは、負けて仲間のせいすることだ。真に勝つとは、勝って仲間を賞賛することだ。

■最高の人材は最大のチャンスにチャレンジさせろ。最大のトラブル処理などさせるな。

 

 

【友人について】

「自分が多くの知識をもつより、専門的な知識のある友人を多くもつ方がずっと素晴らしい」というマインドセットは、実に素晴らしいし生産性も高い。自分に興味をもって過ごす1年より、他人に興味をもって過ごす1週間の方がずっと素晴らしいだろう。「多彩な能力をもち、それらを組み合わせて能力を発揮する」ことこそ素晴らしいが、これが複数人のチーム内で起こればどれほど素晴らしいか。そのパワーが想像を越えることしか想像できない。

 

良い友人をもつためには、その人の良い部分に注目する必要がある。その際、次のような視点を参考にすると良いかもしれない。「初対面の人と会う前の思考パターンには、次の3種類がある。その人が何をしたのかと、過去を気にするパターン。その人が何をしているのかと、現在を気にするパターン。その人が何をできるのかと、未来を気にするパターン。最も良いマインドは、いつだって未来志向である。」という言葉である。

 

また、これは友人というよりパートナーにおける要素かもしれないが、2人(みんな)でいる際の「見た目」にも注意を向けてみてほしい。実際のところ多くの人が、「自分が何を着るか」にのみ意識を向けている。より良い関係を目指したければ、「パートナー(メンバー)とセットでどう見えるか」を意識してみるべきだ。「1人でオシャレより、2人(みんな)で素敵」である。

 

 

【パートナー・家族について】

「エスプレッソ」というドリンクがある。言ってしまえば、究極に濃いコーヒーであり、その濃厚さ・コクは、通常のコーヒーの5〜8倍とも、10倍以上とも言われる。苦味・甘味・酸味・渋味・旨味といったコーヒーの味の要素をチャートにしたとして、それが一見五角形だったとしても、チャートの大きさを10倍にすれば、ひどく凹凸のある図形になり得る。だから、味の各要素が絶妙のバランスで調和しているエスプレッソは本当に貴重で、「魂が震えるほどうまい」とさえ絶賛されるのだ。

 

「パートナー」「家族」という存在は、このエスプレッソに似ている。多くの人にとって、パートナーや家族の笑顔を見ることは幸せそのものであろう。しかし一方で、何かとても気になることがあると、そこしか見えないほどこだわってしまうのも事実だ。コーヒーでは些細な違いが、10倍の濃さのエスプレッソになれば大きくなり、「極端に苦い」「極端に酸っぱい」と感じてしまうのと同様である。家の外で他人がするなら気にならないことも、家の中でパートナーや家族がすることならば気になってしまう。近い存在とは言え、それぞれの価値観がある。激しくぶつかったり深く悩んだりすることは尽きない。

 

しかしながら、パートナーや家族と共に笑顔になったり、素晴らしい時間を共有できたりすれば、言葉にならないほど幸福なのもまた事実だ。生きる上で、「自分の達成よりパートナーや家族の達成の方が嬉しい」「自分の痛みよりパートナーや家族の痛みの方が苦しい」という人も少なくないだろう。「大変だからこそ、素晴らしい」というのは、やはり真実なのではないだろうか。

 

今はこういう悩みがある。しかし、それはパートナーだから、家族だから仕方ないことだ。むしろ、そうだからこその悩みだ。これを乗り越えたら、1人では得られない幸福がみんなにもたらされる。そう思えれば、心は少し軽くなる。

 

パートナー・家族という存在は、「最も近いし、最も遠い」ものだ。しかし、そこにある「違い」と、そこから生じる「悩み」、悩み解消のための努力や創意工夫こそ、先の項で扱う「この世界で最も大きなパワー」の源泉なのだ。

 

 

【シナジーについて】

シナジーとは、「非常に大きな相乗効果」のことである。私たち人類に関連づけて定義すると、「協力によって、個人の力を単純にプラスしたものを遥かに上回るパワーがもたらされる」ことだと言えよう。ある「奇跡」と呼ばれる成果があったとして、偉大なシナジーは「奇跡の数○倍」の成果を、いとも簡単に生み出す。

 

考えてみれば、現在の私たちの文明がここまで発展し、さらに発展していくのは、究極的には「シナジーのおかげ」である。

 

ヒトの脳には1000億の細胞が存在するが、それらのつながりの数は、単純なつながりだけで100兆にもなるという。そのつながりの1つ1つがシナジーを生み、そのシナジー同士が偉大なシナジーを生む。私たち自身がまず、数え切れない偉大なシナジーの集合体なのである。そして、数え切れない偉大なシナジーの集合体となった私たちは、また違う相手との間に、超偉大なシナジーを生み出している。そのような超偉大なシナジーは、場所や時間を越え、また違うシナジーとの間に、さらに超偉大なシナジーを生み出すのだ。そして、この世界の姿は、「果てしなく広い範囲において、果てしなく長い時間をかけて生み出された、どこまでも限りなく超偉大なシナジー」だと言えよう。

 

話が飛躍的に大きくなったが、私たちの生活に話題を戻そう。人によるシナジーは、「自立」「人格」「原則」をもつ人同士(チーム)が、ものの見方・考え方を大きく転換して協力することによって実現する。その転換とは、具体的には「相違点を歓迎する」ことである。「違って良かった!」と思えるようになれば最高だろう。

 

お互いの考えや主張が出会った際に、どちらかがその案を押し通すのではなく、またどちらかが案を譲るのではなく、より素晴らしい第3案を目指して、粘り強くコミュニケーションを重ねるのだ。全く違うもの同士のシナジーこそ、偉大である。極端な話、ヒトのみならず多くの生命体の種の存続・発展は、「性別という違い」が生むシナジーによってもたらされている。

 

つまり、「違いそのものに感謝し、シナジーが誕生することに感謝する」のが、最も重要だということである。そして、シナジーに伴うエンドルフィンの分泌は、これまで述べてきた他のどの現象よりも、遥かに多いのだ。感謝の心を胸に、シナジーを目指し続けることは、幸福感を得る究極の手段なのである。

 

 

 

○第七章 幸福のために(アウトプットし続ける)

「アウトプット」とは、表現全般を指す言葉だ。非常に広い概念の言葉である。この章では、このアウトプットという行動について扱いたい。なぜ、ここまでアウトプットを特別視するのかという理由については、後述の「【「7つのアウトプット」】〈生命は、そして私たち人間はなぜ存在するのか〉」を参照してほしい。アウトプットが、ヒトの幸福感という次元を遥かに超越し、生命的・宇宙的な幸福につながっていることについて、論理的に納得できるはずだ。

 

アウトプットは、語学的に「話す」「書く」といった行動を意味する。先ほどはあまりにスケールの大きい話をしたが、アウトプットが人に幸福感をもたらすのはなぜだろうか。

 

それは、「アウトプットは感謝につながる行動」だからである。

 

話すことも書くことも、本質的には「与える」行為だ。素晴らしいアウトプットができれば、相手や周囲からの感謝がもたらされる。また、そのアウトプット自体が、多くのサポートで支えられていることも見逃せない。本の著者やアーティストが、必ず最後に謝辞を述べるのは、その明確な理由とも言えよう。さらに言えば、素晴らしいアウトプットが時間を越えて残り続ける場合、アウトプットした人が死んでも、感謝が発生し続ける。感謝とそれに伴う幸福感が、未来永劫輝くための唯一の手段が、アウトプットなのである。

 

わざわざアウトプットの章を設ける意味を理解してもらえたのではなかろうか。アウトプットには、他にも絶大な数々の効果がある。いくつかの項に分けて、アウトプットについて詳しく見ていこう。

 

【ストレス解消の手段としてのアウトプット】

悩みを話せば、その悩みを自分から離せる。アウトプットによる言語化は、実はストレス解消手段としてもあまりに優秀だ。言語化できた時点で、それは客観的に分析可能、かつ「自分の課題」に落とし込むことが可能なタスクになる。言語化できれば、悩みの90%は解決している。

 

またデータとして、ポジティブなアウトプットをネガティブなアウトプットの3倍(「ロサダライン」)以上にすれば、幸福感を得やすいという。より幸福感を得たければ、さらにその倍を意識するのが理想的である。

 

人は、自分に起こった出来事を認識する際、自分で「反事実」のストーリーを創り出し、それと現実を比較することで、全体的な印象を捉えようとする。その印象を説明する際の傾向(「説明スタイル」)」こそが、将来の成功や幸福度に決定的な影響を与える。楽観的な説明スタイルをもつポジティブなビジネスパーソンは、悲観的な説明スタイルしかもたないネガティブなビジネスパーソンより、90%も高い成果を出すという。つまり、意識的に「ポジティブなアウトプットになるように」思考・判断・表現することが、幸福感を得る最速で最短のメソッドと言えるのだ。

 

アウトプットによるストレスの解消は、コミュニケーションにおいても応用できる。全く知識のない人(例えば子どもたち)にも伝わるように言葉や構成を吟味し、表現することが大切だろう。「分からない」ということは、誰にとっても大きな不安でありストレスだからだ。

 

 

【学習としてのアウトプット】

学習において、アウトプットするという方法は、あまりに有効過ぎる。データや理論を見てみよう。

 

■ラーニング・ピラミッドによると、人に教えることが前提の学習では、講義的学習より記憶力が上昇(5%→90%強)し、記憶量は100倍になる。

 

■能動的なタッチは、受動的なタッチの10倍の脳反応を示す。

 

■(種の生存・繁栄の観点から)アウトプットを前提にヒトは言語や知識を会得しており、アウトプット前提で学習するのは進化論的にも理にかなう。

 

ここから分かるのは、「アウトプット前提のインプットは学習効果が大きく飛躍する」というファクトだ。「質問」というアウトプットを前提に聞く、アウトプットのために(30秒以内に)メモをするなどの行動は、記憶の定着や理解の深化、応用に著しく寄与し、「知的生産性」「情報獲得の精度」「傾聴能力」「構造化能力」「言語化能力」などを大きく向上させる。そのようにして、自分が分かるレベルではなく、「他者に説明できるレベル」にまで深く聞いたり読んだりすることで、圧倒的な学習成果を実現できる。「読むのは書くため」であり、「聞くのは話すため」であり、「見るのは創るため」なのである。

 

 

【コミュニケーション・スキルとしてのアウトプット】

アウトプットが他者に向けられたものであることを考えれば、アウトプット力の向上がコミュニケーション・スキルの成長につながるのは当然だと捉えられる。ここでポイントになるのは、「安心感」だ。

 

誰もが、コミュニケーションに「安心」を求める。これはマズローの欲求階層構造でも土台として位置づけられており、ヒトとして理にかなっている。「心理的安全性の高い集団では、ミスの報告がより多くなったが、ミスの頻度はより少なくなった」という驚愕の研究もあるほどに、安心感は大切である。理想を突き詰めるのならば、「相互全肯定」とでも言うべきコミュニケーションを会得したいものだ。ちなみに、お互いの目を見つめ合うコミュニケーションによって、その2人の間の信頼関係は大幅に強化されるという。

 

人間関係のトラブルは、「言葉の定義が双方で違っている」という理由で起こることが多い。これも、「言葉が共通認識されているという安心感が欠如する」という理由で説明できる。双方のアウトプットが有効に機能し、円滑なコミュニケーションがなされるために、まずは言葉の定義を確認し、お互いが安心感を得られるようにすると良いだろう。

 

具体的な言葉についても述べておこう。まずは注意すべき言葉について述べておきたい。代表的なのは、「それ知っている!」という言葉だ。人は得てして、自分の話を聞いてもらいたいもので、相手に会話のターンを回したくはない。似たような理由で、「でも」という逆接も極力避けたいものである。

 

注意すべきだが、使い方によって大きな効果を生む言葉もある。例えば、「やっぱり」という言葉は、ポジティブな話題においてもネガティブな話題においても、「普段からそう思っていた」というニュアンスを伝える。つぶやくように言われることで、その効果は一層二層高まる。そのようなポイントを加味して、できるだけポジティブな話題でこの言葉を使いたいものだ。 

 

最後に、コミュニケーション・スキルとしてのアウトプットについて、最も重要な点を示しておこう。「より良いコミュニケーションの要素とは、『自分がどれだけしゃべるか』ではなく、『どれだけ相手にしゃべらせるか』である」ということだ。

 

実際、「話し方が90%」という話の内容は、90%が聞き方に関するものである。また、話し方に関する名著の70%以上が、「傾聴(アクティブ・リスニング)」を最優先事項として扱っている。特に、「否定しない」「比較しない」「自分の話をしない」という3要素は、多くの名著で頻出する重要事項だ。話し手は、聞き手の包容力の中でしか語ってくれないものである。逆に熱心に話を聞いてくれれば、自分が誠実であるという感覚さえ抱いてくれ、さらに多くを語ってくれるのだ。

 

加えて、相手の行動と同じような行動をする「ミラーリング」が、多くの名著で、共感・好意を示す最も有効な手段の1つとして扱われているのも注目すべきポイントだ。人は究極的には自分のことが最も好きである。自分と似た人や似た行動をする人に、ヒトとして好意を寄せてしまうのである。

 

話をじっくりと傾聴した上で、もし質問をする場合には、「相手に自分の思考の足跡が見える」ことを意識すると良い。「こういうところまで深く考えてくれて、こんなに素晴らしい質問をくれたのか」「過去に自分が言った内容まで調べてくれたのか」といった気持ちにさせることができれば最高だ。

 

傾聴は、ただそこにいるだけなのに、実は非常に創造的な行為なのである。聞き手によって相手のアウトプットはまるで変わってくるからだ。そう考えれば、「話すのが上手ですね。」に対する最高の返答は、「素晴らしい聞き手でいてくれてありがとう。」であろう。

 

 

【ビジネス・スキルとしてのアウトプット】

最後に、ビジネス・スキルとしてのアウトプットを見てみよう。この項は話が多岐に渡るので、重要なスキルを、紹介という意味で列挙していこうと思う。

 

ビジネス・スキルとしてのアウトプットにおける共通事項に関して

□当たり前だが、アウトプットは要点を押さえることが大切で、説明が長ければ良いというものではない。「今日は時間がなかったから手紙が長くなって申し訳ない」とは言い得て妙である。

 

□人の決定は、感情的思考と論理的思考の合算によってなされる。具体的には、「直感」「感覚」「感情」「思考」の4要素と定義されている。つまり、ビジネスにおいて決定を促す際には、相手の「脳全体に訴えかけるパワー」をもったアウトプットを意識する必要があるのだ。相手に所有感を伴った「直感」「感覚」を与え、得られる「感情」を明確にし、その判断を正しいと思えるだけのエビデンスを論理として提供するのである。また、関連する情報は包み隠さず誠実に与えることが大切だ。それにより、相手は警戒心を解いてくれ、自分を誠実だと思ってくれる。「信頼できる人の話」が、自分の決定を正当化する要素にもなり得る。思考に関しては、「相手が結論を導くために努力すれば努力するほど、相手はそれに魅了される」というファクトを見逃してはならない。極限まで相手自身に考えさせるための余白を残しておけば、相手の決定は「相手自身による決定」となるのだ。

 

□「メラビアンの法則」によると、相手に伝わる情報は視覚情報55%、聴覚情報38%、言語情報7%である。画像があれば、文字だけの場合より6倍以上記憶に残るという。ノンバーバル(非言語)・コミュニケーションは非常に大切なのだ。

 

□異なる2つの内容を相手に伝える際、多くの場合で後に置かれた内容が強い印象を残す。また、情報が複数になる場合、最初と最後の情報が特に印象に残りやすい(「系列位置効果」)と言われる。内容の順序という要素は、非常に大切なのだ。

 

□自分の主張を強烈に印象づけるためには、伝えたい内容を表現する言葉の「対義語」を巧みに活用することが有効である。「晴れ」という内容を強調するために「雨のことなんか忘れる」といった具合だ。他にも、「おいしい」を「他の店は(まずくて)食べられなくなる」と言い換えたり、「好き」を「嫌いになれない」と伝えたり、「幸せになる」を「不幸になれなくなる」と表現したりするといった創意工夫は、非常に優秀な好例であろう。

 

□「確かに○○という意見もある。しかし、○○だ。(+むしろ○○だ。)」という話形は、「あなたが抱くだろう反論は分かっていますよ。そういう考えをもってくれてありがとうございます。そういう点も含めてこうなのですよ。」という圧倒的な説得力を生む。

 

□相手が最初に突きつけた「ノー」を「イエス」にするのは最も難しい障害だ。人は本心から「ノー」と言う際、筋肉や神経といった全器官が一斉に拒絶状態を形成し、警戒を始める。反対に、心から「イエス」を言う際は、身体の器官は解放され、受け入れ体勢になる。まずは「イエス」を引き出す質問を心がけ、時間をかけて核心に迫っていこう。最初にノーと言わせたら一巻の終わりである。「イエス・イエス」を得る「ソクラテス・メソッド」を意識しよう。

 

□相手の言葉を踏まえての論理的な反論は、絶大過ぎる効果を生む。格闘技における「カウンター」が、「自分の攻撃力+相手の防御力の低下」によって最強の必殺技化するのと同様である。

 

□「あなたの力や可能性を信じています。その上で」という前置きによって、相手が指摘を肯定的に受け入れてくれる可能性が40%アップする。

 

□自分のミスを認めてアウトプットすることで、信用や評価は上がる。

 

 

プレゼンテーション・スピーチに関して

□プレゼンのポイントは、「結論を出す」「結論を理由で支える」「理由を根拠で支える」「自分の『体感』レビューを入れる」である。特に体感は、「その人にしか語れない」という圧倒的なオリジナリティをもつ。共感を呼ぶ「失敗からの成功談」は、なお効果的であろう。

 

□最も説得力の強い根拠の弱さではなく、最も説得力の弱い根拠のぐらつきが、主張のイメージに影響する。根拠を何個も示す必要はない。

 

□「理由は3つあります。」というフレーズを効果的に使うことで、主張の通りやすさは2.5倍も上昇するという。ただでさえ圧倒的な成果を生み出す偉大な名アウトプッターほど、このメソッドを用いているという。

 

□説得力の強い主張をする際に、非常に重要となる要素は、自分の主張が「『なぜ正しいか』ではなく『なぜ間違っているかもしれないか』を吟味すること」「反対意見が正しかったらどうなるかを吟味すること」である。これにより、非常に強力な「確証バイアス」から逃れられるかもしれない。

 

□印象的なプレゼンにおいては、形容詞や副詞が数字化されている。「世界共通言語は数字」だ。

 

□本当に有効なプレゼンとは、自分の伝えたい内容を、「相手の世界にあるもの、相手の世界にある言葉」の組み合わせに変換した上で、根拠あるベネフィット(いくつかのメリットによって対象者が得られる恩恵)として伝えることである。そうすれば、自分の伝えたい内容は、相手の思考そのものになる。相手の頭の中で構造化がなされ、辻褄合わせが起きるとも言えよう。人は知っているものに親近感を抱きやすい。相手から「自分の思考」としてプレゼンされたならば、頭でも心でもその提案の賛同者にならざるを得ない。加えて、それが「社会(世界)」のためになると判断されれば、そのプレゼンの成功率はさらに飛躍する。「売り手良し。買い手良し。社会良し。」なのだ。

 

□素晴らしいプレゼンの順序として、「現在の悪夢の指摘」「未来の夢(希望)の示唆」「そのギャップの強調」という3ステップが挙げられる。未来の夢を語るために、現在の悪夢をありありと描くのだ。深くマイナスの谷を掘り、高くプラスの山を築くことで、そのアップダウンを強烈に強調し、強烈に印象づけることが可能になる。

 

□真に戦略的なプレゼンとは、「他との違いが明確なストーリーでつながっていること」である。特に、一見して非合理な要素が、全体のストーリーの中で見事な論理性をもつ場合に、その戦略は決して真似されない名作となり得る。優れた戦略は、思わず人に話したくなるストーリーの中にある。プレゼンの担当者こそ、そのストーリーを心から楽しんでアウトプットするように意識するべきだろう。

 

□全体を代表するリーダーとしてのスピーチに臨む際は、スピーチの前に、周囲がしてくれたサポートをリスト化しよう。相手の立場や役職上のサポートだけでなく、さらに踏み込んだ個々のサポートを取り扱うとなお素晴らしい。人は、他人がしてくれたことよりも、自分がしてあげたことを多く見積もってしまう。感謝すべき対象を想起し、どのようにアウトプットするかを吟味することは、リーダーとして何よりも大切な要素だ。加えて、「私」ではなく「私たち」という主語を用いることも、スピーチの印象の観点からも大切であろう。これにより、あなたのスピーチは、溢れる感謝のエンドルフィンによる多幸感を伴った魔法の言葉になるはずだ。

 

□ある程度の文のまとまりごとに聴衆の1人を見ることで、聞き手は「自分と目が合った」「自分のために話してくれている」という感情をもちやすくなる。

 

□スピーチや作文においては、テーマに合わせるための「うまい」エピソードを複数もつより、様々なテーマに合わせられる「強い」エピソードをもち、それを洗練させていく方が良い。例えば、後述の「【「7つのアウトプット」】〈「やらないこと」と「できないこと」の違い〉」は、「どんな大人になりたいか」「自分が大切にしていることは何か」「将来の夢は何か」「印象的な体験は何か」「過去の経験から学んだことは何か」「あなたのモットーは何か」などの非常に幅広いテーマをカバーする。このエピソードに話を移行できた瞬間に、スピーチでも作文でも、勝利は確定する。使い続ければ、言わずもがな、エピソードの伝え方・書き方も円熟味を増してくる。

 

 

【「7つのアウトプット」】

この項では「7つのアウトプット」と題して、私のスピーチ原稿を紹介する。これらのアウトプットには、私自身の価値観や哲学、ものの見方・考え方が非常に色濃く反映されている。一読してもらえれば幸いである。

 

〈「やらないこと」と「できないこと」の違い〉

〈より味わい深い人生とは〉

〈「シンギュラリティ」に向けて〉

〈生命は、そして私たち人間はなぜ存在するのか〉

〈言葉とは「『比較』システム」である〉

〈未来を切り拓く子どもたちへ〉

〈「ものの見方・考え方」は無限大、「ものの見られ方・考えられ方」も無限大〉

 

「7つのアウトプット」 詳細へ

 

 

【名言集】&【ショート・トーク集】

この項では、アウトプット用の名言集・ショート・トーク集を紹介する。あなたがアウトプットする際のネタとして、ぜひ活用してほしい。

 

名言集&ショート・トーク集 詳細へ

 

 

 

○幸福のために(おわりに)

これまで「○幸福のために」というテーマについて、様々な観点から論を進めてきた。最後に、幸福感に関して、最も大切な要素を示しておきたい。

 

「『比較』によってのみ、幸福が認識される。」

 

これは、幸福のみならず、この世界のありとあらゆるもの全てにおいて該当する。あくまでも、この世界の大原則・根本原理は「比較」である。比較が「PRINCIPLE G.O.A.T.(Greatest Of All Time)」だ。

 

実存・概念・観念問わず、ありとあらゆる「もの」は全て、他のものとの比較によってのみ差異として認識され、表面化する。ヒトの脳は、異質な差分を優先して情報処理するようにシステム化されているのだ。したがって、「より幸福になった」という実感を得るためには、「これまでの自分」「これまでの家族」「これまでのチーム」「これまでのコミュニティ」「これまでの国家」「これまでの世界」・・・というものとの比較を経なければならない。比較がなければ、現在どれほど幸福になったか分からない。そもそも、幸福という概念が全く分からないだろう。未来の幸福に対する希望など、全くもって想像できないはずだ。

 

「自分の努力や創意工夫によって、新たに知識や能力を身につけ、成長や進化を実現したからこそ、大きな幸福感が生まれる。」

 

これが真理である。試行錯誤・紆余曲折があればあるほど、それを乗り越えた幸福感は大きい。努力や創意工夫を伴った幸福は、最初から与えられた幸福よりも、ずっと偉大である。

 

人生には得てして苦難の方が多い。だから、ものの見方・考え方を転換して、それらの苦難にも感謝するのだ。

 

過去の経験、それにかかわる「人」「モノ」「コト」などのありとあらゆるものに感謝しよう。未来に起こる試練にも、それにかかわるありとあらゆるものに感謝しよう。そして、「比較できる」という事実そのものにも感謝しよう。

 

ここまでできるのならば、もはや、「あなたの幸福感は無限になる」と言えるのではないか。

 

これまで長らく、様々な理論やメソッドを述べてきた。最後までお付き合いいただいたことにも、このアウトプットのアイディアを与えてくれた全ての人と経験にも、本当に感謝している。

 

さて、あなたは何から始めるだろうか。どれが不正解でも正解でもない。始めやすいものから、あるいはチャレンジしたいものから取り組んでほしい。間違いなく言えるのは、「自分で決めてこそ、責任と覚悟が生まれる」ということだ。そして、「責任と覚悟をもつからこそ、偉大な幸福を得られる」ということだ。

 

さて、準備ができただろうか。あなたの可能性は、あなたの決断によって輝くのを待っている。

 

さあ、共に踏み出そう。

 

 

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